💀29 聖女の悩み

 

 タイタル聖王国アナトリス領ハーデンベルク子爵家の邸宅にてカタニア・フォン・ハーデンベルクという名の少女が生を受けた。彼女はハーデンベルク家において末子にあたり、彼女の父、フリードリッヒ子爵が平民の出自である侍女との密かな関係の末にカタニアが誕生した。難産の末、カタニアを生んだ侍従は出産と同時に息を引き取り、フリードリッヒ子爵も彼女に関心を示さずカタニアはとても惨めな幼少期を過ごした。


 異母兄妹たちは彼女を無視し、カタニアは孤立し、それを知っている使用人からも厳しい言葉の数々を浴びせられる日々を送った。それでもカタニアは自らの内なる強さを育み、深い思慮を養っていった。子爵家に漂う偏見に抗うように、彼女は自分の運命を受け入れ、母親が熱心に信仰していたという女神への信仰心をひそやかに深めていった。


 そんなカタニアにある日、転機が訪れた。

 7歳になったカタニアはアナトリス公爵家に奉公に出され、侍女として働くことになった。


 思慮深く容姿も整ったカタニアにアナトリス公は、侍女として働きつつも教養を身につかせるよう配慮した。そのお陰でカタニアはみるみるうちに様々な知識を身に着けていった。


 それから2年、すっかり淑女としての素養が身に着いたカタニアだが、ある日、アナトリス公爵家直轄地である領地で事件が起きた。


 後年になって「鉄の雨」と呼ばれる怪事件。

 3日3晩降り注いだ赤熱した鉄の雨に森がまるまる一つ焼かれ、すぐそばにある海岸へ溶銑が流れ出し、黒い煙を上げて新たな陸地を作り上げていった。


「カタニア……私の声が聞こえますか?」

「はい、女神███様」


 頭の中に響く声は、その名を口にしてはいけない女神。

 だが、カタニアは畏れずその名を口にした。


 女神の声が拝聴できたということは、百年に一人、世に現れるかどうかという「聖女」に選ばれた証。


「私の加護を授けます。その力で多くの人を幸福に導いてください」


 聖女が世に出るということは、どこかで時代を大きく動かすほどの力を持った勇者が誕生したという証でもある。カタニアは女神から授かった聖女特有の光魔法と神聖魔法を行使し、鉄の雨を発生させている源まで辿り着き、暴走している機械を止めることに成功した。


 この功績が讃えられ、やがてカタニアはタイタル聖王国の首都である聖都フロリシアに招聘され、前代未聞の11歳という若さで司祭に抜擢されるに至った。


 4年後、15歳で司教になったカタニアは、次期タイタル聖王国最高指導者である教主に就くだろうと多くの者が信じて疑わなかった。だが、必然的なある出会いが待っていた。


 勇者アーバンテインとその仲間たち。

 最初の出会いは、カタニアが聖王国内のある地方への巡礼で訪れた時。


 勇者一行が街に逗留していると知ったカタニアが彼らに会いに酒場へ行くと、ほぼ全裸で正座をさせられている3人を発見した。


「いったいどうしたのです?」

「これは聖女様。いえね。この偽勇者を騙る連中が問題を起こしまして……」


 酒場の店主の話では、偽勇者が街の女の子10人を夜中に酒場の2階の宿屋へ連れ込んで、散々えっちなことをしたそうで、女の子たちの親が「斬首にしろ、いやチ■コを斬っちまえ⁉」と怒っている。魔法使いの男は、昨夜、酒場の他の客相手に賭け事を持ちかけて散々、街の人から金を巻き上げた後にイカサマがバレたそうで同じく正座をしていて、もうひとりのドワーフは二人の仲間ということでなぜか無言で罰を受けている。


「皆さん、お気持ちはわかりますが……」


 事情を説明した。

 鋼鉄のような筋肉を持つ屈強なドワーフの戦士。

 途轍もない魔力をその身に宿している魔法使い。

 そしてなにより常人では気づかない程度に漏れ出る金色の闘気を放つ勇者。

 3人が3人とも正真正銘の勇者パーティーであることを街の人たちに説明した。


「聖女さまがそこまでおっしゃるのなら」


 街の人たちは振り上げた拳を下げて、彼らの服や装備を返した。


「俺はアーバンテイン。勇者をしている」

「岩晶主ゾルダルとは、オイラのことよ。よろしくな嬢ちゃん」

「……」

「ああ、すまない。コイツはゾゾ。恥ずかしがり屋で普段しゃべらない奴なんだ」

「コクコク」


 癖が強すぎる3人。

 彼らから癖を取ったら多分、装備しか残らないんじゃないかしら?


 女神様からの啓示で勇者と共に歩くのがカタニアに課せられた使命。彼らに事情を説明して、勇者パーティーに加わることになったのだが……。


「ゴメンね。今日は声をかけてきた女の子と別の宿に泊まるから」

「はいはいご自由に。もう帰ってこなくていいですからね?」

「あと1回……あと1回だけ賭けたら、山のような大金が手に入るから……嬢ちゃん、かっ金を」

「はいはい寝言はオークの群れに突撃して一人でほざいててください」

「プルプル」

「はいそこっ。捨てオジサンを拾ってこない。ゾゾ、あなたを捨てますよ?」


 まったく。

 毎日毎日、苦労ばかりかけさせられる。


 旅は彼らに迷惑を掛けられっぱなしだったが、着実に冒険と経験を重ね、勇者アーバンテインとその一行の名声は上がっていき、いつしか歴代勇者パーティーの中でも最強と言われるようになった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る