『似顔の地球』

イェスコマ

第1話 似た顔

朝、鏡を見た。

特に変化はなかった。寝癖が少しついていたが、髪を濡らして直せばいつもの俺の顔が戻る。


目元はちょっと鋭いと言われたことがある。顎は尖っても丸くもない中間くらい。鼻は普通、特に高くも低くもない。とにかく「特徴がない」のが特徴みたいな顔だった。

つまり、平凡。量産型のひとつ。自分でもそう思っていた。


その日、電車に乗って会社へ向かう。満員電車に揺られながらスマホを見ていた俺は、ふと前の広告に目をやって、奇妙な感覚にとらわれた。


——この俳優、こんな顔だったか?


CMに出ていたのは、今をときめく人気若手俳優。だが、何か違和感がある。

目元の鋭さ、口元の形。どこか……俺に似ている。


「気のせいだよな」


首を振って忘れようとしたが、違和感は次の瞬間、確信に変わった。

隣に立っていたサラリーマン。つり革を持った手、軽くしかめた眉。ちらりと横顔を見たとき、思わず息を呑んだ。


——あれ? こいつも……俺に似てないか?


もちろん、完全な一致なんてしていない。

でも、なんだろう。パーツの比率や輪郭、目の力の入り方……「要素」が近いというか。まるで自分をベースに似顔絵を描かれたような。


だが、声をかけるなんてことはしなかった。

会社に着けば、そんな違和感もいつもの忙しさにかき消されていく。


ただ、その日から妙なことが続いた。


昼休み、休憩室のテレビに映っていたニュースキャスターに「どこか似てる」と言われた。

「そうすか?」と曖昧に笑って返すが、目の奥がチクリと疼く。


社内チャットでは、誰かが俺の顔をAI風に加工した画像を上げて、「なんか最近この顔よく見るよな」なんて言っていた。冗談半分に受け取ったが、他の数人も「確かに」「わかるわ」と反応していた。


——なんだよ、それ。


それ以降、気になって仕方がなくなった。


夜、YouTubeでたまたま見かけた素人のVlog。

「はじめまして〜」とカメラに向かって笑ったその青年の顔。

——ああ、また俺じゃん。


似ている、なんてもんじゃなかった。

もうこれは、俺の顔だった。


焦ってSNSを開く。インスタ、X、ニュースアプリ。

スクロールするたびに、ほんの少しずつ、けれど確実に——みんなの顔が、俺に似ていっている。


しかも、それを誰も疑問に思っていない。

「似てる」と指摘されても、「あ〜たしかに!よく言われます」と笑って受け流されて終わりだ。


違う。そうじゃない。これは偶然の一致とかじゃない。

——顔が、変わってるんだ。全員。


寝つけない夜。部屋の明かりを消して、鏡の中の自分とにらめっこする。

何度見ても、自分の顔は変わっていない。

昨日と同じ。先週とも同じ。ずっと、変わらない俺の顔。


だけど、世界が——

世界の方が、どんどん“俺に似てきてる”。


気づけば、電車の中は「俺」だらけになっていた。

違うスーツ、違う髪型、違う声。でも顔は、俺。

無言で立ち尽くす俺に、隣の“俺”が言う。


「どしたんすか? 顔色悪いっすよ、俺さん」


冗談めかして笑うその顔が、俺を見ている。

たくさんの俺たちが、揃ってこちらを見ていた。


その瞬間、俺は思った。


——世界で一番目立たないはずの俺の顔が、

 今、世界で一番溢れている。


何が起きている?

どうして俺だけ……変わってないんだ?


違和感は、確信へと変わった。

これは、ただの偶然なんかじゃない。


これは——何かがおかしい。

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