いじめ抜かれた男が、気がつけば異世界の救世主となる話し。

久遠 れんり

救済か? 地獄からの脱出?

第1話 叶う願い?

 あの時、突然の光に包まれて、俺はこっちへと来た。


 そして今。

 俺が暮らす、石造りの淋しい六畳ほどの部屋。

 他の勇者と違い、絨毯や毛皮が敷かれていない。


 だが、目の前には女性軍の軍団長、エウロス=ヘルメスがベッドに手をつき、下履きを脱いで尻をこちらに向けている。

「くっ。早くしろ。何をぼやぼや…… はっ? まさか。まじまじと見ているのか。見なくて良いからさっさとしろ。男は穴があれば突き刺すのが本能だろう」

 顔は見えないが、必死で叫んでいる。


「えっ。嫌です」

 俺はそう答える。


「なんでだぁ。私が年だからか?」

 振り返った彼女の顔は、ものすごく赤かった。

 顔や体に、無数の傷があり、鍛え上げた体は三十歳だとは思えない。

 後ろでポニーテールにしている髪は今は下ろされていて、そうハッキリ言って美人だ。でも…… なのだ。


「いえ。そこに愛がないから」

 ちゃららーんと、妙な沈黙が起こった。

 そして、晩生付きの侍女。セレネ=ザウアーラントは、嬉しいような悲しい顔をすることになる。




 数ヶ月前。

「―― おらぁ、晩生。俺様が苦労して作ったんだ。食えよ。大手に引けを取らない味だぜ」

 そう言って、馬鹿二人が俺を押さえ込み、君島が顔の前に生きのいいキングミミズバーガーを持ってくる。キングミミズというのは、有名ハンバーガー屋の名前にちなんでいて、実際はシーボルトミミズである。あの青っぽい奴ね。

 馬鹿三人。

 君島 雅良きみじま まさよし石原 義信いしはら よしのぶ工藤 健くどう けん

 どうしてか、小学校二年くらいの頃から俺のことを虐めだした君島。

 最初は先生や親に相談をしたが、親父は毅然とした態度でやり返せと言って、やり返したら学校に呼び出されたからと叱られた。


 先生は、大げさなことをと言うなと言うスタンスを崩さず、向こうの親の言い分は子どものやることですから。そう言っていたのに、殴り返したら怒鳴り込んできた。

 その時には、俺の怪我がとんでもないから、両成敗だと言って帰ったが、あの時には、お近くにあったバットで殴られて、腕と肋骨を骨折もしていた。


 それから、見える怪我はしなくなったが陰湿さがあがり、高校の時に流石に来ないだろうと、少しだけ上の学校を受験した。

 だが奴らは、家庭教師を雇ってまで受験をしたようだ。

 訳が分からない。



 君島がなぜ追いかけるのか?

 実は彼にもわかっていない。

 それはもう、そこに晩生が居るからとしか言いようが無い。


 切っ掛けは、小学校一年生の時に居た女の子。

深木 結葵ふかき ゆあちゃん。すきだ付き合ってくれ」

 おませだった君島は、彼女に告白をした。


 だが、彼女は……

「いやあ。怖い」

 そう言って逃げて、晩生の助けを求めた。

 そう彼女は、晩生が好きだった。

 色白で賢く、笑顔がステキで優しい男子。

 そう見られていた。


「嫌がっているだろ。やめろよ」

 そうその時には一人だし、問題なく追い払えた。

 君島は泣きながら逃げて、その日から筋トレを始めた。


 だが、麗しの君は二年生になるとき、転校をしてしまったのだ。

 行き場のない怒りは、晩生へと向かった。



 でだ、いい加減晩生はうんざりもしたし、誰も信じられるものはおらず。もういい。死のうかなと思っていたとき……


 そうミミズを食わされて、食中毒で入院。

 退院後に、町中をけだるそうに歩いていた。


 前を歩くのはガタイのいい男三人と、女の人が一人。

 その時、地面に奇妙な絵が浮かび上がり、光り始めた。

「そんなまさか……」

 夢に見た異世界転移の魔法陣。

 青く光る陣を見て、晩生の顔は、近年見なかったくらい喜んでいた。





「―― つつっ」

 飛んでいた意識が覚醒をする。


 冷たい石の床。

 高所にあるアーチ窓から、光は入ってくるが、室内は薄暗く空気が冷たい。

 俺以外は、しゃがんだ体勢で、すでに周囲を警戒中だが……

 うん? オッサン達が若くなっている。


 ダボダボのスーツ。

 お姉さんは、腰回りが小さくなったのか、立ち上がろうとしたとき、スカートが落ちる。


 うん。俺の前で。

 振り返って一瞬だけ睨んだのだが、俺を見てなぜかにんまり。

「引っ張った?」

 小声で聞かれる。


「引っ張ってないです」

「本当に?」

「はい」

 そう答えたら、悲しそうな顔になる。

 だけど、俺は見ていた。


 左手はスカートを押さえていたのだが、右拳はぎゅっと握られていた。

 あれはきっと、殴る準備はできているという意思表示だ。


 それでまあ、よくある能力検定。

 判定するものは、磨くのに苦労をしたのだろう。

 まあるい水晶。


「それでは、手をこの珠に触れるのじゃ」

 皆で顔を見回して、さっきなぜか自分の名前を田中と言い間違えた短髪の人。石田 律いしだ りつさんが触れる。

 ピカーっと金色の光が周囲を照らす。


 此処は何か塔の中みたいだ。

 狭い塔で召喚をされて、広い塔へとやって来た。

 広さは教室くらいはありそう。


 でまあ、五段ほどの階段になった所の上に広間があり、玉座がある。

 そこには、鬼が座っていた……

 いや、鬼というのは言い過ぎだが、歴戦の猛者感が出ている。


 まあこの国は、定期的に魔王が攻めてくる。

 そのため、王は最も強くなければいけないらしい。

 

 この世界、長引く戦乱で、強き者こそ正義だとなっていた。

そんな中で、力なき晩生は生き残ることができるのか?


「おおっ。また金珠きんたまじゃ」

 判定は続く……

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