廃公園の物置
中学生最後の夏休み。おれと親友のよしきは思い出をつくろうと、ある廃公園に来ていた。
「この公園のいちばん奥。そこにある土管のなかに、謎の箱があるらしい——って、一個上の先輩が言ってた」
よしきが言った。目の前は雑草のジャングルだ。ゆいいつ、舗装された細道が獣道のようにつづいている。とはいえ、歩けば両手両足に草が当たるだろう。
「箱のなかにはなにが入ってんの?」おれが言った。
「ちょーレアなカード」
「まじで?」
「虫除け、してきた?」
「もち。むしろ半袖短パンで来たことをいま後悔してる」
「これが夜だったら、やばい肝試しだよな」
「やめろって、想像しただけでもゾクっとする」
草をかきわけながら、おれたちは廃公園のなかを進んだ。昼間だが、うす暗さを感じる。背の高い木に囲まれた公園だから、陽の光があまり射さないのかもしれない。
途中には——錆まみれの鉄棒、塗装が剥げてゾウさんの目がまっしろになったすべり台、朽ちたジャングルジム、片方のチェーンがはずれてがっくりとぶら下がるブランコ——。ほかにも遊具があるが、どれもこれも月日に置き去られて、虚しいすがたをさらしている。
「ちょっとまって」よしきが右を見た。
「なに?」
「ここ——なんか、人が通った感じない?」
たしかに草が踏まれて道のようになっている——ように見えなくもない。気のせいといわれれば、その程度の違和感だ。
「いのししとか通ったんじゃない?」
「ホンモノの獣道?」
「だと思う」
「まぁ、いいか」
獣道っぽいそれを視線でなぞっていくと、ひとつの物置があった。高さ三メートル、幅は四メートルほどの物置。スライドドアは閉じられている。
「いのししが物置に用あると思う?」
「ここってさ。畑があったらしいじゃん。ほら、小学生が共同でじゃがいもとかを育ててたって、親父が言ってた。その苗とか、穀物みたいなのがあるんじゃねぇの?」
「何年も前の話だろ? あったとしても腐ってる」
「まぁ、いのししでもあれに近づくのはいやだよな」
その物置はどこか、不気味なたたずまいだった。その周囲だけ雑草がすくないせいで、そう思うのか。草木すらも近づきたくない——そんな雰囲気を感じてしまう。
「いいから行こうぜ。例の土管。もうすぐだ」
「お、おう」
歩を進めていくと、灰色の一部が草のなかに見えた。みっつがくっついて、三角形になっている土管が雑草に埋もれている。
「あった、あれだ!」
よしきが早足になる。草をかきわける音が忙しない。
「待てって、ノコギリ草が多いからあんまり早く行くなって」
おれの声を無視するいきおいで、よしきは土管に近づいた。その穴に顔を突っこんでから、懐中電灯の光でなかを調べる。一本、二本——三本目の土管に光が当てたとき、よしきは叫んだ。
「わっ——!」
「なんだよ」
「むし、ムカデとかが一気にわって!」
「そりゃそうだろ、こんだけ湿気のある土管のなかだ」
「さいあく! 見るんじゃなかった!」
「——で、箱は?」
「ない。苔と、砂みたいなんと、虫ばっか」
徒労ではあったが、思い出にはなった。何年か後に、この公園でばかなことをしたよな——なんて、よしきと話す自分が目に浮かぶ。おれたちは来た道をもどっていく。
だんだんだんだん
肩をびくりとさせて、おれたちは左を見た。
「音——」おれが言った。
「物置から?」よしきが言う。
「うそだろ、あの音、ぜったい内側から鳴ってた」
だんだんだんだんだん——
「やべぇって、なかになにかいる」
「ど、どうすんだよ」
——たすけてください
「女の声?」よしきが言った。
「だ、だれかいんの!?」おれは声を投げる。
「知らない男に閉じこめられたんです、助けて、暑い、暑くて死んじゃ——っ」
こもった声だが、たしかに女性がしゃべっている。
「まって、いま行くから!」
「うそだろ、事件じゃん」
「まだ生きてんだから、よかったよ!」よしきが焦る。「おれたちヒーローじゃん!」
「たすけて、たすけて——」
血相を変えて、おれたちは物置に近づいた。スライドのドアに手をかけて、思いっきり力を入れる。
「だめだ——」よしきが歯をきしる。「開かない」
「鍵だよ、鍵かかってる」
「おねがい」物置のなかから女性の声。「早くして」
「待ってて、人、呼んでくるから」
平成になったばかりで、スマホなんかなかった。おれたちは公衆電話で警察を呼んだ。しばらくして、赤いランプを回転させる警察車両が来た。
公園の管理は、地域の区長が担当していた。
その人が物置の鍵を持っていた。
閉じこめられた女性を救助するまで、数時間かかった。鍵がない、盗まれた、と区長がさわぐ時間があったせいだ。
しん……、と反応がなくなった物置の鍵穴に、消防士が金属を溶かす液体を注いでいく。廃公園の入り口には黄色いテープがとうせんぼをしていたが、第一発見者のおれたちは、そのテープの内側にいた。特別なあつかいをされた気分になった。
「開きます!」消防士が言った。
緊迫する警察関係者に混じって、区長がなにか、落ちつかない顔をして爪を噛んでいる。物置のドアがわずかだけ開いたとたん——消防士は咳きこんで離れた。
「見ないで、離れて」
これはやばいやつだ、と直感した警官の躰に視界を隠されながら、おれとよしきは黄色いテープの外側に出された。
後日。保護者と一緒に、おれとよしきは警察署に呼ばれた。取り調べを受けるわけではないが、それらしい部屋に、刑事と警官がひとりずつ。
「例の事件、なんですけど」無機質なテーブルに両手を組んで置き、刑事が言った。「犯人は、区長でした」
「ええ——」おれの母親が口をおさえる。
「ほんとなんですか?」よしきの父親も、ひどい顔をする。
「それで、あの物置に女性がいる、と確信したきっかけを改めておふたりに訊きたいんです」
刑事の言葉を、おれとよしきはごくり——いったん飲みこんだ。
「声が——」うつむいて、よしきは声を出す。「したんです」
「どんな?」刑事の目がするどさを増す。
「たすけて——って」
おれが言うと、刑事は困った顔をした。
「うーん……。ありえないんですよね」
「どういうことですか?」うちの親が言った。
「女性の遺体。あの時点で、死後一ヶ月でした。とある女子高生が行方不明になっていて、その時期と、ぴったりはまるんです。区長の家の地下から、その子の遺品も出てきました」
刑事を長くやっていると、化学では説明できない現象にぶつかることもある——その言葉を最後に、おれたちはこの件からいちおうの解放を得た。
それから何度の同窓会を迎えても、おれとよしきは、あの廃公園の話だけはしなかった。令和になって、リモートだなんだという時代になって、画面越しの同窓会をしていたときのことだった。
「あの廃公園をさら地にする計画が進んでたんだけど、まだ残ってるんだって」同級生の女子が言った。
「なにがぁ?」別の女子が答える。
「ほら、人の遺体が出てきた物置」
「なんで——」
「あれを撤去しようとすると、重機が動かなくなったり、作業員が熱中症で倒れたりするらしいよ。気味がわるいからって、請け負う業者がどんどんいなくなって——」
「へー。てかさ、あれ見つけたのって——」
「や、やめようぜ。この話」
おれは会話の流れを止めた。なぜなら
助けて、暑い、暑くて死んじゃ——った
〜廃公園の物置〜
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