静かなる反逆

 王都に戻った遼司のもとに、一通の手紙が届いていた。

 差出人はなく、封蝋も押されていない。だが、それは“王国の内部者”からに違いなかった。


 そこには、ただ一言だけが綴られていた。


 ――《次は「葬られた孤児院」だ。勇者なら、知るべきだろう》


 「……孤児院、か」


 遼司は静かにその紙を握りしめた。


 王都の片隅、城からも市場からも離れた貧民街のさらに奥――

 “そこにかつて孤児院があった”という事実すら、今では地図から抹消されていた。


* * *


「やめてください、勇者様。王都での無許可行動は……」


 エリナの制止を振り切り、遼司はボロ布を被って夜の街に出た。

 彼の胸には、焦りにも似たものが渦巻いていた。


(カーレス港で、確かに俺は“誰かを救った”と思った。

 でも、それはまだ表層に過ぎない。

 もっと深い場所で、腐ってる何かが……確かにある)


 その“もっと深い場所”の入り口が、この手紙なのだと、遼司は本能的に感じていた。


* * *


 王都の最下層にある廃墟。

 そこは、見渡すかぎり焼けた灰と黒い壁の残骸だけが広がっていた。

 だが、確かにそこにかつて人が暮らしていた痕跡は残っていた。


 小さな木馬。割れた皿。まだ小さい手形が壁に残る。


「ここは、“星の家”と呼ばれていた場所です」


 声がした。

 振り向くと、頭巾をかぶった若い女性が立っていた。目の色は琥珀色。服は薄汚れていたが、佇まいはまっすぐだった。


「あなたが、勇者様ですね。……会いたかった」


 「……お前は?」


 「私の名前は、ノア。かつてここで育った孤児です。

  私は……“王都によって生かされ、王都によって見捨てられた子どもたち”の、最後の生き残りです」


 彼女は火のついていない蝋燭に手を伸ばし、軽く息を吹いた。

 すると、蝋燭は自然に灯った。遼司は目を見開く。


「……魔法?」


 「私は“術者”として育てられました。

  星の家はただの孤児院ではなく、国家直属の“魔術育成施設”だったんです。

  兵士に魔法を使わせるには、“家族を持たない子ども”が最も適していると判断されたから」


 遼司は、頭が真っ白になりそうだった。


 「そんな……子どもを道具扱いって……」


 「ええ。でも、もっとひどいのは、“彼らが勇者召喚の素材にもされた”ことです」


 時間が止まったような気がした。


「……どういうことだ?」


 「勇者召喚は、膨大な魔力を必要とします。

  その供給源が、ここだったんです。

  私たちの“命”が、魔法陣の燃料にされました。

  勇者様が来たあの夜、私の姉も、友達も、みんな……消えました」


 ノアは静かに目を閉じる。


 「私は、生き残ってしまった。だから、あなたに会いに来た。

  “あなたを憎むため”ではなく、“あなたに、真実を渡すため”に」


 彼女は小さな本を差し出した。

 それは、勇者召喚に関する“禁書”だった。


 「この国の勇者は、“誰かの犠牲の上”にしか生まれない。

  そしてあなたは、そんな構造の“罪を背負わされた人間”です。

  だから私は、あなたが本当の勇者かどうかを見極めたい」


 ノアの瞳はまっすぐだった。


 遼司は、膝に手を置いて一度だけ深く頭を下げた。


 「……ありがとう。

  俺は、何も知らなかった。

  でも、これで目が覚めた。

  “選ばれなかった子どもたち”の命を、もう見捨てたりはしない。

  俺は、“本物じゃない勇者”だからこそ、この構造を壊せる」


 ノアは、小さく微笑んだ。


 「では、次に進みましょう。“処刑人の姫”が、あなたを見張ってるうちに」


 夜の王都に、静かな炎が灯った。


 それは“革命”の、最初の火だった。

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