友情の定義

もこまり

友情の定義

高校のクラスに「春山」というやつが居た。

そいつは愚図で根暗野郎。

存在感も薄く、いつも独り。

クラスの誰も、春山に関心を持たない。

だが、春山には孤独を苦とも思わない強さみたいなものが備わっていた。



俺は、クラスの人気グループの一人だったが、春山のような芯の強さはなかった。

俺の属するグループはヤンチャで、表向きは俺も虚勢を張っていたが、いつみんなに己の弱さを見破られるかと、内心いつもびくびくしていた。

ヤンチャをしながらも、成績は常に優秀を保ち、隙は見せない。

俺は陰で必死だった。

みんなとワイワイ騒いではいたが、心は孤独だった。



「須藤はいいよな。お前ほどの頭脳なら、A大も確実だ。そんでいい会社入ってさ〜。お前の未来は明るい、明るい!!」


帰り道、グループの一人、何も考えていなさそうな田中が俺の頭を小突く。


「あはは、痛ぇよ。」

俺は頭を押さえながら、田中と道をわかれた。



ひとりでとぼとぼ歩いていると、後ろから春山が歩いてきた。

なぜか、俺は春山と同じペースで歩くことになった。

というより、春山が合わせてきた。



俺はこいつがなんとなく苦手だった。

こいつだけが、ただ一人、俺の内心を見透かしている。

そんな気がしていた。

と同時に、春山の孤独をものともしない強さに、ひそかに憧れもしていた。



ついに春山が俺の横に並んだ。

そのとき春山が俺の耳元でボソッと囁いた。



「友達になってあげようか……」



その瞬間、俺の顔が羞恥心でカーッと赤くなる。

やはり、春山に見破られていた!!

とはなんだ!!

馬鹿にするんじゃねぇぞ!!



怒りが込み上げた。



「なんだ?お前」



俺が言うのと同時に、春山は狭い路地を右に折れた。

そのまま春山は去っていった。



野郎め……



俺は帰宅してからも、怒りが収まらない。


よぅし、春山。

俺は、売られた喧嘩は必ず買うぞ。

友達になれるもんならなってみろ!!




リビングのソファに横になり、ついているテレビを見るともなく見ていた。

俺はあれこれ考えた末、やがて一つの決意をした。

春山を試す!!

わざと友達として近づくんだ。

ただし、クラスメイトには気づかれぬよう学校では近付かない。

メールやラインなど、形に残るものは送らない。



春山は帰り道、路地を右に曲がる。

その先に、人目につかない小さな公園がある。

そこに春山をおびき寄せ、あいつが何を考えているのか、何をたくらんでいるのかを知るべく、俺が考えたを少しずつ実行していく。

そう決意した。




翌日―――



俺は学校では一切春山に近付かず、帰り道、春山にわざと歩調を合わせた。

春山と一緒に路地を右に曲がり、そして、春山に声をかけた。



「おぅ、春山。そこで話そうぜ。」


公園のベンチに春山を誘導した。

近くの自販機で缶コーヒーを2本買い、1本を春山に渡した。

そして、そこで色々話した。

進路のこと、将来のこと、家庭のこと…。

春山は父子家庭で、父親はほとんど留守だという。

お金が無いから、高校を出たら働かないといけないと言っていた。

春山は淡々と話していた。

そして、俺の話も淡々と聞いていた。


俺の両親はごく一般的な両親。

しかし、感情が薄く、子どもにも然程関心が無いこと。

とりあえず当たり障りのないよう大人しくしていること…。

春山はかすかに頷きながら、俺の話を聞いていた。

そこにはふざけたリアクションも、軽い共感も無かった。

それが俺には、なぜか妙に心地よかった。



一瞬、この陽だまりのような心地よさのまま、いっそこのままでいいではないかという思いが頭をもたげた。

ただ、俺のプライドがそれを許さなかった。

いや、このままではいけない。

計画を実行せねばならない。

最初に喧嘩を売ってきたのはお前だ!!



俺は自分の指先を見つめていた。



―――なるほど。

父親は留守がち、母親はいないんだな。

母親というのは厄介で、息子のちょっとした心の機微などを敏感に感じとる。

そうすれば、これからの計画に差し障る。

母親がいないのなら、話は早い。

俺はそう考えていた。



これが俺と春山の最初の接点だ。



※※※※※




それから1ヶ月ぐらい経った。

その間、帰りに2人で公園のベンチで話すことにも馴染んできた。

ある程度、信頼関係も出来てきた。



俺は缶コーヒーをぐびっと飲み干すと、春山の顔を正面から見た。

いよいよ春山を試すときがきたと思った。



俺はこれから春山に少しずつ要求を出していく。

春山はこれに応えることが出来るか。

内容によっては、生半可な気持ちでは出来まい。

ただ、春山がそれらに応えることが出来れば、お前を友人と認めていこう。



まずは軽めのジャブからだ。

「おい、春山。俺達、友情の証しに、明日までにお互いにしようぜ。」



翌朝……



春山は、本当に坊主にしてきていた。

もちろん俺はしなかった。

数人のクラスメイトにさすがに気づかれ、陰で笑われていた。

しかし、春山は気にすることなく、いつも通り淡々としていた。



帰り、俺は公園で、ヘラヘラと笑いながら春山に近付いた。


「悪りぃ悪りぃ。俺、行く暇が無かったんだ。でも、似合っているよ。お前。」


春山の肩をポンと叩く。

その横顔は笑っていなかった。

動じない春山に内心苛ついたが、その凛とした姿に感心もしていた。



次の日も、公園に誘うと春山は付いてきた。

その次の日も……。

それに比例するように、俺の要求はどんどんエスカレートしていった。



他愛のない話をして別れるだけのときもあれば、時折、俺は春山を試すため、公園でを要求する。

もちろん、俺は実行しない。

春山だけが、それを翌日までに実行する。

いつの間にか、そんな主従関係のようなものが築き上げられていた。



時には、ドン引きするような要求もした。

しかし春山は、俺がどんな要求を出しても、翌日以降には必ず実行してきていた。



あるとき、春山が左手の小指にぐるぐると包帯を巻いてきていた。

今度は、クラスメイトはそのことに気づかない。

当然だ。

元々、春山に対しては皆、無関心だ。



しかし、俺だけは心底驚いた。

まさかあいつ、前日に俺が言ったことを実行しやがったのか?!



俺は興奮した。

興奮冷めやらぬうちに、俺は春山にあれこれ聞きたかった。

特に、あいつの心境を詳しく。

しかし、俺はそんな野暮なことはしない。

それをしてしまえば、おかしな話になる。



はやる気持ちをなんとか抑え、公園へ向かった。

そして、ただ一言、

「やったのか?」と聞いた。



春山は、無言で頷いた。

その横顔はどこか清々しささえあった。

潔さからくるカッコよさみたいなものを俺は感じた。



春山は、制服のポケットからおもむろに2〜3センチの小さな瓶を取り出した。

そして、それを両手で包むようにして、大事な物でも渡すかのように、俺にそっと渡した。



俺は目を丸くした。

だが、すぐに受け取って何事もなかったようにその瓶を自分のポケットに入れた。



俺は、その瓶をまるで戦利品のように誇らしい気持ちで自宅へと持ち帰った。

自室に着くなり、俺はベッドに倒れ込み、頭を抱えた。



あいつ、なんという奴だ!!



対して、俺は……

卑怯だ!!!!

卑怯者だ!!

自分ではなにも出来ない臆病者なんだ!!



それにしても……



俺は仰向けになり、天井を見つめた。

そして、瓶の中身を眺めた。



春山……



笑いが出てきた。

ひたすら笑った。



お前、たいしたやつだ。

俺の「試したい」という気持ちに、ピッタリと沿っていやがる。

さすがだぞ、春山。



瓶の中の爪が笑った。



※※※※※




ある日、俺は春山に「片足にをする」という課題を出した。


その夜、俺は興奮して眠ることが出来なかった。

春山は今ごろやっているだろうか。

やるならどんな方法で?



翌朝、春山は学校に来なかった。

その翌日も、さらに数日間も……。



あいつ……

ちゃんと遂行しているのか?



居てもたってもいられなくなり、俺は帰りに公園に寄ってみた。


もちろん、春山は居なかった。

公園のベンチは寂し気に佇んでいるだけだった。

俺は独りベンチに座り、缶コーヒーを飲み干した。



さらに数日の間、春山は来なかった。



俺は一抹の寂しさを感じていた。

ヤンチャグループと群れてはいても、心中は相変わらずの虚しさで埋めつくされ、春山と一緒にいるときの、一種の張りつめた緊張感、充足感はなかった。




数週間経ち、やっと春山が登校してきた。

俺は自分でも、顔がパーっと明るくなるのを感じた。

まるで、初恋の人にでも会ったような反応だな。

自分で自分を笑った。



春山の足を見た。

その左足はギプスで固定されていた。

そのため、松葉杖をついていた。

一歩一歩、ゆっくりとこちらに歩いてくる姿が、俺に対する忠誠を示しているように思える。



春山、お前!!



俺は粟粒のような鳥肌を立て、髪が逆立つのを感じた。

いわゆる極度の興奮状態だった。

その後の授業の内容は、全く耳に入ってこなかった。



帰り、素知らぬ顔を装いながら公園へと向かった。

春山の姿を見ると小走りにならざるを得なかった。



先にベンチに腰掛けていた春山は、眩しそうに俺を見上げると、かすれた声で言った。


「しばらく来られなくてごめん。勇気が出なかったんだ。」

「いいよ、春山。大丈夫だよ。」


俺は、最大限の労りをもって言った。

こんな優しい声色が出せるとは――

自分に驚きだった。



「それで……」

俺は生唾をのみ込んだ。

このあとの質問をすることは、俺のなかの道理に反する。



すると春山は、俺が知りたくてたまらないことを察したのだろう。

ズボンのポケットからスマホを取り出した。


なにかを見せるつもりだな?


あまりにもゆっくりとした春山の指先の動作がもどかしい。



春山は、俺に写真をみせてきた。



そこには年季の入った金槌が写っていた。



「オヤジのだ。」

春山は一言だけ短く答えた。

俺もそれ以上、問うことはしなかった。




※※※※※



その後、さらに要求は左腕、片耳(の一部)と続いた。

片耳(の一部)に関して言えば、また瓶を持って帰るはめになった。



このときを振り返れば、俺は始終ボーッとしていたように思う。

まるでフィルターでもかかったように、春山の姿も、瓶の中身も、なにもかもがぼんやりと映り、脳が現実に起きたことだと認識出来なかったように思う。

だから公園で、興奮気味に尋ねることもしなかった。




自分で要求していながら、おかしな話だ。

ただ、ここまでくると、もはや春山に当初感じた苛つきは無くなっており、ただただ畏怖の念だけが残っていた。




※※※※※



そして、それからまた何事もなかったように過ぎたある日のこと。



ついに俺は、言ってはいけないことを口走ってしまった。

度を越すとはこういうことだ。

いや、そんなレベルでは到底すまされない。



俺はこの要求をすべきか、長い間悩んだ。

何度も俺の理性が、俺にやめるよう警告した。

だが、好奇心のほうが勝った。


それを聞いたあいつの反応と返答を知りたい。試したい。

ただ、それだけだった。

ただ、純粋にそれだけを望んでいたんだ。



なのに……



――――――



春山は来なかった。

いや、「来ることが出来なかった」のほうが正しい。



いつも無表情なクラスの担任が、このときも無表情のまま、簡単な報告をするかのように俺らに言った。



「春山君がお亡くなりになりました。」




―――え?!!!



全身の血の気が引いた。



次の瞬間、クラスがざわついた。

担任からは続きの話があったようだが、俺の耳にはなにも入らなかった。



ガタガタガタガタ、体が震えてきた。

おさえようとした腕がわななく。




ひょっとしてあいつ―――



脂汗が滲み出る。



実は俺を恨みに思っていて、今までのことをどこかに書き連ねているかもしれない。


そうなればどうなる?

どうなる、俺は!!



2人の隠し事が皆に知られることになる。

もちろん大騒ぎだ。

当然、俺のクリーンなイメージ、俺の輝かしい将来は一瞬で潰される。

社会的に抹殺されるも同然なのだ!!



俺は、生きた心地がしなかった。



その日はなんとか学校を終えた。

公園に寄ってはいけないと思いつつ、なぜか体はふらふらと導かれるように公園に来てしまった。



しばらく魂が抜けたようにベンチに座り込んでいると、向こうから人影が来るのがうっすらと見えた。

その人影は、風のようにふわっと俺の横に座った。



人影はこう言った。



「あなた、須藤君ですよね。息子から聞いています。」



俺は驚愕して、その人影のほうを向いた。

春山の父親と名乗る人物が俺の横に居た。

あいつに似て、愚図そうな父親だった。



父親はくたびれたコートのポケットから何やら取り出した。

それは小さく折り畳まれた便箋だった。

そして父親は、

「これは息子の遺書です。あいつの部屋を整頓していたら出てきました。これをあなたに、いまここで読んでもらいたいんです。」と言った。



俺は、震える手で遺書を受け取った。

もう終わりだ!!

そう思った。

父親がこちらをじっと見ていた。

「いまここで」と言われた以上、この場で読まなければならない。



「いまここで」……なんでだ?

帰宅してからでもいいじゃねぇか。

いま読めというのは、まさかオヤジもなにかを知っているのか?



しかし、ここで読むことを拒否するのも不自然だ。

もちろん、オヤジは遺書を俺に預けるつもりもないだろう。



ええい、なるようになれ!!



俺は開き直り、便箋に目を通した。



遺書には、ごく短くこう書いてあった。



『自分はずっとひとりだった。

 長い人生だったが、やっと須藤君という          

 ただ一人の友人が出来た。

 須藤君は、本当の俺を知ってくれようとし

 た。

 それは何にも代えがたい。

 この友情を永久に保存するために  』



遺書はここで終わっていた。



…………春山




ホッと安堵した。

と同時に、滂沱の涙が流れた。



俺は間違っていた。

ヤツがなにか企んで近づいてきたとばかり思っていた。

だから、自分に自信の無い俺は、あいつに無理難題を言えば、すぐに離れていくと踏んだんだ。

それならそれまで、と……。

だから俺は、誰一人として応えられないバカバカしい要求を春山にし、それにどこまで応えようとするかで友情を試したんだ。

俺自身の逃げ道、言い訳は用意して。



春山は最初から知っていた。



俺が誰よりも孤独で、こんな卑怯な要求をすることでしか、友情をはかることが出来ない人間だということを……。

だからあいつは、肉体の痛みに耐え、俺の要求に応えてみせた。

それしか、あいつには応える術がなかったから。



あいつは俺に分かって欲しかった。

心の痛みにも耐えていたんだ。

卑怯者の俺とは違う。

春山は最初から真っ直ぐに俺を見ていたじゃないか。

自分の気持ちを素直に受け取ってくれと叫んでいたはずだ。



ああ!!友情の形をもっとしっかり考えるべきだった。

許せ、春山!!

俺の唯一の理解者。


 

春山!!

お前こそが、だぞ。

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