ラグナロク

Ark M. Veritas

第1刃 魔界の堕とし子

暗い森の奥。湿った土の匂いと木々のざわめきに包まれながら、一人の少年がよろめくように歩を進めていた。

年の頃は十代前半。顔は泥にまみれ

、瞳は彷徨う影のように虚ろだった。


「……ここは……どこだ……?」


かすれた声が、湿った空気を震わせる。


「俺は……誰なんだ……?」


思考は霧の中。自分の名前も、

なぜここにいるのかも、

すべてが抜け落ちていた。

空腹と疲労が容赦なく彼の身体を蝕み、

足取りは今にも崩れそうだった。


「……誰でも、いい……誰か……助けてくれ……」


呟きは、森の闇に吸い込まれ、かき消えた。


幾時間も彷徨った果て、視界の端に、

揺らめく光が浮かんだ。街の灯だった。


「あ……街……。助かった……」


その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れる。

少年は地面に崩れ落ち、冷たい土の感触を最後に意識を手放した。



ガタンゴトン……カタン……ゴトン……


夢の中、何かが走っている。列車のような音だ。


「よぉ、元気だったか? 死なれると困るんでな。ほら、喰えよ」


どこか甲高い声と共に、誰かが無理やり口に何かを押し込んできた。

乾いたパンか、固い保存食のようなものだった。


「御館様の依頼とはいえ……こんな気味の悪いガキを奴隷として売らなきゃならねぇとはな。

ま、物好きはいるから、案外すぐに買い手もつくだろうが……」


ふと、自分の身体を見る。

手足は冷たい鎖に繋がれ、指先には鋭い黒い爪。背には――黒い翼。


異形の自分に目を奪われた瞬間、列車全体が地響きを立てて揺れ始めた。


「……っ!? なんだ!? 何が起きた!?」


男は慌てて前の車両へと走り去っていく。


しばらくして、怒鳴り合う声が聞こえてきた。


「だ、誰だお前はっ!? やめろ、やめるんだ! ……ぐはっ!!」


重い何かが倒れる音。続いて、列車を飲み込むような轟音。

地が割れ、空間そのものが崩れていく。


……そのまま列車は、暗黒の底へと沈んだ。


夢ではない気がした。

だが、それが自分の記憶か、それとも何かの暗示か――今はまだわからない。

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