持たざる者

小狸

短編

「ねーねー、お姉ちゃん」


「何、あか


「努力できるのも才能だ――って、人は言うじゃん?」


「わお。急に重めの話題だ」


「重いかな? 私には、結構軽めの話のつもりだったんだけど」


「努力と才能って言葉がある時点で、お姉ちゃんには重く感じちゃうんだよね。まあ、朱里ももう少し大人になったら分かると思うよ。それで? 『努力できるのも才能だ』が、どうかしたの?」


「まずは確認しときたいんだけどさ。お姉ちゃんは、実際に周りの人はそう言うと思う?」


「言うね、言うと思うね。口酸っぱく、それが当たり前かのように言ってくる。『頑張れ。頑張れば夢は叶う、願いは実現する』とか、夢物語を語りながらも、結果が伴わなかった子に対してしばし言われる言葉だね。最近は増えているからね。所謂いわゆる『現実』を子どもにどうしても教えたくてたまらない大人ってやつがさ。どうにかして子どもを絶望させようと躍起やっきになっているんだろうね。それがどうかしたの?」


「ふーん。いやさ、私の疑問は、お姉ちゃんみたいに深くはないんだけどさ」


「?」


「努力できるのがもし本当に才能だとしたら、私みたいな何にもない、何でもない奴は、もう何をしたって意味ないんじゃないかな――って思っちゃって」


「…………」


「だってさ、世の中で活躍している人って言うのは、ほとんどが才能なわけじゃん? スポーツ選手でも何でもいいんだけど、結局は才能を遺伝子に組み込まれて生まれたからこそ、それを生かした職業に就いているわけじゃない。まあ、天才って奴だよね。それに唯一対抗できる手段が、努力だ――って、今まで私はそう思っていたんだよね」


「なるほど」


「努力は、誰にでもできる。頑張ることは、誰にでも続けられる。精進することは、誰にでも認められている。勉強でも、スポーツでも、それ以外の、自分の夢のためにその時間を使って、努力すること。それを続けていれば、そう――いつか報われるんじゃないか、って、私は思っていたんだけどさ」


「うん」


「ある学校の先生がさ、うん、とても良い先生なんだけど、言ってたんだ。『努力できることも才能の内だよ』って。それ聞いて、何かやる気? っていうか、気力? みたいな物が全部どっか行っちゃった」


「あー、ちょっと私もその気持ち、分かるかも」


「でしょ。唯一の頼りだった努力も、頑張ることも、精進することも。それすらも才能だとするのなら、じゃあ私が今必死に勉強したり部活したりしている『これ』は、『この時間』は、一体何なんだろう、ってなっちゃってさ。だって、才能ありきなんでしょ、全部。だったら、頑張って結果が出るのは努力できる才能を持った人じゃない。って、そう思えちゃってさ。なんかさ、最近、何にもやる気なくなっちゃってさ」


「なるほどねえ」


 ふむふむ、と、姉は言った。


「努力と才能。まあ、結局これらって結果論なんだよね。『努力できることも才能の内だよ』なんて口にしている人も、ある程度社会的に安定した立ち位置にいる人間の場合がとても多い。なぜなら結果を残しているから――私はこの言い方あまり好きじゃないんだけれど、『成功』しているから、そのメソッドを他人に公開したくなるものでさ。そういう成功者気取りの戯言だ、と受け取っても良いんだけど、朱里のやる気が何にもなくなっちゃうのは、ちょっと悲しいな」


「成功者気取り――か。まあ、お姉ちゃんみたいにそこまで割り切れれば良いんだけど、どうも私はそれができなくてさ。今自分がやってるのって努力なの? とか、努力の才能もないくせにこんなことやって意味あるの? とか、そんなことばかり考えちゃうの。どうすれば良いと思う?」


「そうだね。まず、前提を否定してしまうけれど、私は努力できることは才能だとは思わないんだよね」


「おお、そうなの」


「うん。だってさ、努力って本質的には、自分で続けるものじゃない? 才能は生まれつき持っているものや、それを磨いた結果生じたものだけれど、努力は違う。自分で続けて、自分で開拓して、自分で自分を導いて、自分の意思で繋げていくものだと思うんだよね。それは誰にでもできるし、誰にでもできて良いことだと私は思う。その先生の言いたいことも分かるけれど、教師の言う台詞ではないかな、と思っちゃう」


「自分で続けて――」


「そう。自分で続けるもの。やりたいって思って、自分で続けたいって思って続けたことが、無駄になることなんてないと思うし、それを才能のあるなしで切り捨て切り分けするのは、私は間違っていると思うな。むしろ『努力も才能の内』って考え方は、才能という言葉に囚われすぎている。いいじゃん、なくたって、才能なんかさ。そんな風に考えるんだったら、生まれつきの容姿だって、家庭環境だって、学校環境だって、才能ってことになってしまう。それは違うでしょ」


「……違うね。それは、才能じゃないと、私も思う」


「でしょ。それに、せっかく世の中が多様性多様性って散々言ってくれてるんだからさ。努力っぽいことしかできなくて、頑張っても届かなくて、精進しても辿り着けなくて、結果には何もかも繋がらなくって、何者にもなれなくって、どうしようもなくどうでも良くなっちゃって――でも、そんな自分でも、そんな朱里でも、生きていて良いんだって、思って良いんじゃないかな」


「……そっか。そうだね。私はきっと、焦ってたんだ」


 持たざる者という、自分の立場に。


「かもね。でも、今はもう違う。朱里はもう、気付いている。取り敢えずは、来年の高校受験、だね。頑張れそう?」


「うん。頑張れそう。ありがとう、お姉ちゃん」


「いえいえ」


 そう言って、姉は自室へと戻っていった。


 もう少し勉強してから寝ようと、私は思った。




(「持たざる者」――了)

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持たざる者 小狸 @segen_gen

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