第13話理想のもたらす偶像と願望
世の中の理想像は非合理的すぎる…そう思いませんか?
冷ややかに静まった執務室に響いたその問いはソフィアの意識に波紋を生み出した。
目障りな程の印象を抱く程に存在感を誇示している白金の蓮の花のモニュメント。
真理統合学会東日本統括支部。
それが今の交渉の場として選ばれている。
苦々しい思いでそのテーブルについたソフィアはこの場の着地点を見失い途方にくれている。
先日の公演会での大立ち回りや横浜支部での荒事は「学会」内部だけではなく、ソフィアの身分保証を担うアリステイル財閥も問題視するところとなっていた。
そしてソフィア個人としての裁量で済ませられる範囲を明らかに逸脱している。
このままではアジア圏とヨーロッパの異能者ネットワークの在り方に摩擦を引き起こしかねない。
それは異能者や魔術の世界に生きる者に限った話ではなくなる。
秘密裏に面倒事や荒事を処理する為に異能者を使っている世界中の政財界に不穏な火種を撒くことになり、裏で解決されていた不都合が人々の日常を蝕む事態にも発展するだろう。
関係者たちも望まぬ争いは自らのリソースを無駄に消費させるだけと考えており「話し合い」で済むならそれに越した事はないという点で合意している。
そういう流れでソフィアもその点を念入りに言い含められてこの場にいるのだ。
…それにしても窮屈で息苦しい空間だ。
煌びやかでありながら節度を意識した内装が施された幹部用執務室。
そのホテルのデザイナーズラウンジさながらの装丁が今は忌々しく感じる。
ソフィアはこの場の押し付けがましい「快適感」が苛立たしくさえ思えた。
ソフィアの感情は人格者としての外面を崩さない幹部の青年の佇まいに逆撫でされている。
こちらの手札を全て見透かしたような余裕と優越感を隠さない青年の態度からは「平和裏の話し合い」をしようという意思は感じられない。
むしろあわよくばソフィアに首輪をつけて飼い慣らそうぐらいの思惑が溢れ出ているように思う。
それはソフィアの背後にいる関係者たちをも含めたモノだろう。
なんとも気味の悪い話だ。
いつまで経っても警戒体制を崩さないソフィアに対して青年はやれやれと肩をすくめたジェスチャーを示して「交渉」を進める。
「ミス•レイドワークス…これは貴女の感情や計算でなんとかなる問題ではないのですよ?わたくし共の日常に土足で踏み込んだ非礼にけじめをつけて頂かないと。」
青年の襟元に光る白金の蓮の花の徽章も誇らしげな光を放っていて、自らは肯定されて当然だと主張しているように感じる。
もはや勝負はついたと確信した青年だが、念の為と一枚の手札を公開することにする。
「それにこの場の"交渉"の後見人はあの「斎木の御前」なのです。いかに貴女が外交官としての権利をアリステイル財閥から保証されていても構わないのですよ?」
ソフィアは予想した中で一番厄介な事態が顕在化したことを認めて心中で舌打ちをした。
…よりにもよってアジア圏全体に顔が効きアジア各国の政財界の要人たちを子飼いにしているあの老人は世界的VIPのひとりだ。
その権限や発言力は様々な方面に夥しい影響力を持っている。
しかしこのレベルの些事に何故一枚噛んでいる?
ソフィアの顔がわかりやすく曇ったのを確認して青年は得られるだろう「報酬」を想像して口角を歪める。
これから紡がれる宿命の歯車はゆっくりと回り始めた。
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