第3話求められた理想を創るのは誰の責任か?
イレーネ…お前もヴィッツクラフト家の人間としてコミュニティの役目を果たさなければならない。
その事を自覚はしているだろうな?
…それは日々私の意識を支配している脅迫観念のひとつだ。
幼い頃から奇異の目で見られた金色と蒼色の組み合わせのオッドアイに映る現実は周りの皆と同じではなかったように思う。
それでも様々に恵まれた環境に感謝するぐらいの普通の日常を送ってはいた。
そして祖父や父と同じように人々から感謝され頼られる心優しき領主として自らの役目を果たしていくのだと心に決めていたのだ。
心を灼く様々な思い出が私の選択肢を構成して、私の運命の在り方を決定づけてきた。
それでも私の願いは私の大事な者達の日常を護ることだけだった。
魔術文化圏における意思決定機関である導知評議会、その常任理事を務めるヴィッツクラフト家の人間として我が身を捧げること、その為だけに生涯を尽くす事に何の疑問を持つこともなく生きていた。
…義眼と眩いばかりのオーラがあまりにも印象的な彼女と出逢ったあの瞬間までは。
「お嬢様。今日という今日は積み上がったお勤めを果たしてもらいますぞ…ちゃんと聞いておられるのですか?イレーネ様。」
毎日の目覚まし時計のアラームと変わらぬ不愉快な音と化した執事の言葉を聞き流しつつ、イレーネはこれからの事案対処の優先順位を決めかねていた。
この前言質を取られた「禁忌の果樹園」の説明義務とか評議会での現地環境報告などやるべき仕事は山積みで今すぐにでも意識を手放したいほどだ。
それでも逃げる場所があるわけではないしな…
ほんの一瞬現実逃避先を検討しようとしたが、あまりに現実的でない願望を振り切って執務机の書類に向き直ったときあまりにも不躾な視線が自分に刺さっていることに気づいた。
いつもの放置状態に慣れているはずの老執事からは今日こそは話を聞いてもらうぞとの決意が空気に滲み出ていた。
"いつまでも現実からは逃げられないものですぞ"
言葉にしなくても伝わったその諫言はイレーネの意識を萎えさせるのに充分な重さがあった。
…少し現実が過積載なのかな?
イレーネは自分が選べる未来の選択肢を俯瞰した後執事のお説教を気分転換のBGMとして活用することにした。
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