第13話 予定外
たしかに、前と比べるとはるかに準備に時間をそそいだ。
…まあ前回は準備なんてほぼしていないが、航としたら不完全燃焼なのかもしれない
とは言え、無計画に勢いだけでキョウカイセンへ奔るのも、いかがなものか。
「…このまま行くの?ちょっと危険じゃない?」
美晴は不安そうに言う。
まださっき見た壁の動揺も、残っているようだった。
「だってつまらんくね?俺達は一回あれ見てるし」
航は不満そうだった。
「…一回たくまにLINEで言ってから決めよう」
颯はポケットからスマホを取り出し、グループラインを開いた。
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颯
「西、行ってきた」
颯
「南と一緒だった、しばらく行ったら壁が
あった。」
颯
「今戻ってきて、そうじと合流したとこ」
たくま
「了解」
颯
「このまま東も行っちゃおうかって話が出て
るんだけど」
たくま
「は?」
たくま
「いいわけないだろ」
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…おおかた予想していた回答が帰ってきた。
颯はやっぱだめだというと、航は自分のスマホを取り出した。
すると、LINEが更新されていた。
航が返信したようだ。
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航
「でもさ、行っちゃったほうがよくね?」
航
「もっかい作戦立てるのめんどいし」
たくま
「だめ」
航
「っていうかなんでお前の指示に絶対服従
なんw?」
たくま
「普通に考えて、立て直したほうがいいだ
ろ」
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二人のラリーは徐々にヒートアップしていく。颯がそのLINEを見ていると、両脇から蒼司と美晴が覗き込んできた。
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航
「じゃあ多数決にしようぜ」
たくま
「反対」
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颯たち3人は顔を見合わせ、
「…どっちでもいいよな」
「っていうか喧嘩してんじゃん、ウケる」
美晴はそう言うと、自分のスマホを開き、さんせーと打った。
颯がおい、というと
「いいじゃん、私あいつすきじゃないし」
…美晴以外もたくまの態度には不満が溜まっていた。
しかし、好き嫌いで決めていいことではない気がする。
そしてだんだん、たくま対その他のようになってきてしまい、この場にたくまがいないのをいいことに、航と美晴はたくまの悪口や文句を言いだした。
「あいつ、なんなんまじで」
「わたるんブチギレじゃん」
美晴はそこまでのようだったが、航は予想以上にたくまに対して不満が溜まっていたようで、ここにきて一気に爆発していた。
「俺はたっくんきらいじゃないけどなー」
蒼司はたくまを擁護し、たくまが完全に孤立しないようにしてくれていた。
…気まずい沈黙ののち、その静けさを打ち消すかのように大きく風が吹いた。
周囲の草木が音を立てる。
数秒の後、最初に声を出したのは、航だった。
「…行こうぜ、やっぱり」
その場にいた全員が、静かに航の方を向く。
「もうこいつはいいよ、無視していこう、そもそもあいつやりたくなさそうだったじゃん」
たしかに最初こそ消極的だったが最近では一番積極的に作戦を立てていた。
「まあ…俺はたくまが言ってることもわからなくもないけど」
「いいじゃん颯〜、行っちゃおうぜ」
理論的にはたくまのほうが正しい。しかし、それを言うなら始めからキョウカイセンなんて超えていなかった。
しばらく考えた後、颯は結論を出した。
「…行くか!」
そう言うと航は満足そうに、
「よし!!」
とガッツポーズをした。
行ってしまおう。もう純粋に、東が見たくなった。
颯はスマホの画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。
そして、たくまに一言だけメッセージを送る。
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颯
「ごめん、行くことになった」
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既読がつく。数秒の間を置いて──
通知欄には、たくまがグループを退出したという文字だけが残った。
「……っはあ」
その場に、気まずい沈黙が漂った。
けれど、誰も口に出しては言わなかった。
「……行こっか」
颯が静かに言うと、航は気まずさなどどこ吹く風で「よっしゃ!」と声を上げ、蒼司も小さくうなずいた。
3人は歩き出した。
集落の中心にある学校を通り過ぎて、東のキョウカイセンに向かう。
街頭と月明かり、響く虫の音は夜の街を静かに彩っていた
そして4人は、キョウカイセン付近に到着する
ー東のキョウカイセン。
唯一4人の中で、誰も行ったことがない場所。
やはり見張りは必要だろうということになった。
話し合い、美晴がその場に残り、見張り役を引き受けることになった。
「じゃ、がんば」
その言葉を最後に3人は東のキョウカイセンの先へと向かった。
東のキョウカイセンは、南と同じように開けた地形だった。
その先には、薄く揺らめく白いラインが空間を横切っている。
颯が一歩近づく。
一歩、踏み込む。
2人もその後に続き、3人は境界を越えた。
空気が変わる。
ぴんと張った、夜の静寂が3人の肌を刺す。
気づけば、時間は夕方をとっくに過ぎていた。
しばらく進むと、
「……けっこう来ちゃったね」
蒼司が空を見上げる。星が、街の光に邪魔されずくっきりと瞬いている。
「うわ、星すげえ」
「ね。もう帰れない感じあるな」
3人の頭の上には、絵のように煌びやかな夜空が広がっていた。
そよ風が、3人の頭を撫でる。伸びた雑草が、さわさわとなる。
周りは延々と続く草原で、灯ひとつない地平線すら見えるこの場所で空を見上げていると、思わず吸い込まれそうになり、地面にしがみつきたくなる。
歩きながら、またあの話題になる。
「颯ってさ、好きなやついんの?」
「急に何」
「いやいや、さ、せっかくの夜だし」
「……この間言っただろ」
こいつ、分かって言っているだろ。
「え?なになに?颯好きなやついんの!?」
案の定、蒼司が食いついてしまう。
またか…
そんな会話をしているうちに、話はどんどん広がっていった。
誰が誰を好きか、噂話、実は小学生の頃に──なんていうくだらない話まで。
そして、ふと話が尽きると──
空気が、また夜の冷たさに戻った。
「……で、この先、どうなると思う?」
蒼司がポツリと言った。
「東はさ、絶対なんかあるって思うんだよな。っていうかあってほしい。
でもまあ、またあの壁でもいい。俺だけ見えない壁未体験なんだもん」
「壁はもういいよ…でも俺も、なんか違う気がする。やけに静かだし。妙に整ってる。雰囲気がさ」
航も同調する。
…それはたぶん、航が何かあってほしいという願いからくるものだと思う。
「……いや、多分、また“見えない壁”があるだけじゃね」
颯は思ったことを率直に言う。
「夢がないなー颯くんは、そんなんじあの子にモてないよ??」
颯は耳を赤くする。
「うるさい…」
しばらく黙って歩き続け──
「……あった」
颯が足を止めた。
その先には…
南や西と同じように、にじんだ空間の“壁”があった。
夜の中に浮かぶ、微かな違和感。目を凝らせば、確かに“それ”は存在していた。
「……マジか」
「またかよ……」
颯と航は明らかに落胆の色を浮かべる。
「え!?何これ、ヤバ!!」
壁初体験の蒼司はいつかの航のようにはしゃぐ。
そして、颯が静かに言った。
「やっぱりな。これで、あとは北のキョウカイセンだけだな」
そう言って帰ろうとしたその時、蒼司が遠くの方に目を凝らしていた。
「……見て、あそこ」
蒼司が壁の脇を指差す。
「あっち、……なんかある」
視線の先、壁の端に沿って歩いていくと──
草むらの向こうに、ぽつんと見えた。
──それは、周囲の風景からあまりにも浮いていた。
打ち捨てられたコンクリートの四角い建物。
まるで公共施設の一部だけを切り取って置いたような、機能一点張りの無機質な塊。
田舎の山道には、到底似つかわしくない。
「……なんだあれ」
「小屋? ……でも、光とか、音とか……何もしてないな」
「でも、明らかに浮いてるよな。あの小屋……」
3人は顔を見合わせた。
──あった。
これまでのキョウカイセンとは違うなにかが。まだただの建物の可能性もある。
…いや、だとしたらキョウカイセンと関係のない建物なら、壁の際にあるのは不自然だ。
3人の、次の行動は決まっていた。
「……行くか」
そう言って3人の少年は、雄大な自然の中に浮く不自然な建物へと向かう。
空には満点の星が広がっている。
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