第9話 1人目

颯は、廊下の角を曲がったところで立ち止まり、窓の外に目をやりながら静かに考えていた。


仲間を集める、なんて言ったものの…

ぶっちゃけ、話せるやつはそれなりにいる。クラスメイトと表面的な会話ぐらいはできるし、避けられてるわけでもない。


でも、“あのこと”を話して、「一緒に謎を暴こう!」なんて持ちかけて、ちゃんとついて来てくれるやつが、果たしているのか?


あの夜、あの線の先で見た壁と空。耳に響いた“音”。

現実とは思えなかったものを、“現実だった”と、ちゃんと信じて語れるような相手。


「……いねぇな」


思わず、小さく独り言が漏れた。


普通なら、怖がられるか、笑われるか、最悪、先生とかに告げ口される。

「颯、やばいこと言ってました」って。


航は、そういう意味じゃ貴重な存在だった。

少しバカだけど――だからこそか、疑うことなく信じてくれる。

あいつなら、キョウカイセン越えを過去にも何度かやっているので、それを知っている友達がいれば、すんなりついてきてくれるかも知れない。


……自分の「群れない主義」が、こんなところで足枷になるとは思わなかった。


人に深入りせず、されたくもない。

何かに夢中になって熱く語るようなことも、ずっと避けてきた。


だけど今は――


1人も連れてこれませんでした、じゃさすがにバツが悪い。


ポケットに手を突っ込む。

教室に戻る足を少し遅らせながら、記憶の中を探る。


──あいつなら、どうだろう。


1人だけ、思い当たる人がいた。




その日の放課後。颯は、隣の教室の前に立っていた。

廊下にはまだ生徒の声が響いており、教室の中もざわついている。その人が出てくるのを、颯はドアの脇でじっと待った。


しばらくすると、何人かの生徒が笑いながら教室から出てきた。

その中に、颯が探していたその人の姿があった。

背が高く、明るい声の集団の中心にいる。


一瞬、少し気まずいような気がしてためらったが、颯は意を決して声をかけた。


「おーい、蒼司!」


声を張ると、本人だけでなく、集団にいた4、5人全員が一斉にこっちを振り向いた。

蒼司はぱっと表情を明るくして、「おお、颯」と声を返す。


「蒼司、ちょっといい?」


「いいよ。時間かかる?」


「いや、まあそこそこ」


「おっけー。じゃあ先帰っててー!」

蒼司は後ろの友人たちに向かって手を振りながら、「じゃあねー」と軽く別れを告げた。


颯は、ほぼ誰もいなくなった教室に蒼司をうながす。

蒼司は教室に入るなり、振り返ってにやりと笑った。


「珍しいじゃん、颯から放課後呼び出されるなんて。もしかして、告白されちゃう??」


「するわけないだろ」


颯は呆れたように笑い返す。


――久々に話すから気まずかったらどうしよう、なんて思ってたけど、

蒼司のこういう軽い空気の作り方に、颯は思わず肩の力が抜けた。


蒼司とは、小学校のときはよくつるんでいた。

今の航くらいの距離感で、しょっちゅう遊んでた親友だった。


でも、中学に入ってクラスが分かれ、自然と話す機会は減っていった。

蒼司は群れるのが得意で、いつも友達の中心にいるようなタイプ。

颯とは、その性格の違いが距離になったのだと思う。


しかも、中学に入ってから蒼司は急に垢抜けた。

170cmをゆうに超える身長、整った顔立ち、勉強できるのかは知らないが、

運動神経も抜群。

この前なんて、50m走で学年トップ5に入っていたのを、学年の掲示板で見かけた。


今では、颯からすると「全く別の世界の人間」に見えていた。

そんな蒼司と、こうして2人きりで話すのはそれこそ小学校ぶりくらいだろうか。


颯は本題に入った。


「……蒼司ってさ。キョウカイセンの先って、興味ある?」


どう切り出すか迷ったが、結局、これが一番ストレートで伝わる気がした。


蒼司は少し目を丸くして、眉をひそめた。


「……あれの先? いっちゃダメって言われてるから、あんまり考えたことなかったけど……」


そこまで言ってから、思い出したように続ける。


「そういえば、お前と航がキョウカイセンの近くまで行ったって、うちのクラスでも噂になってたぞ。……あれ、本当か? 大丈夫だったのかよ?」


純粋に心配そうな表情で言ってくる蒼司に、颯は驚いた。


久しぶりに話した俺を、こんなふうに純粋に心配してくれるとか、

なんでイケメンは、マインドまでイケメンなんだよ。

心の中で軽く突っ込みながら、颯は小さく笑った。


「まあ、何とか。ちょっと怒られたけどな」


そして、颯は蒼司にあの事を話す。


「実は、俺たちが行ったのはキョウカイセン近くというより、キョウカイセンの先なんだよね…」


颯は気まずそうに打ち明ける。


「…え!?やば!マジ!?」


蒼司は驚いたように目を丸くする。


「マジ…なんだよね…」


すると蒼司は


「ええーすごいな、で?なんかあった??」


まるでいつかの航のように蒼司は目を輝かせる。


「…それがさ、その事で呼んだんだけど、」


「まあ何かあったって聞かれると、答えは“何もなかった”になるな」


「ええ、なんだよ」


蒼司はガッカリそうな顔をする。

表情豊かなやつだ。


「でも本当に何もなかった、…というよりその先が存在しなかった」


「え?どゆこと」


颯はあの夜の出来事を詳細に話した。


蒼司は終始目を輝かせて聞いていた。



「…え、やば」


蒼司はどこか一点を見つめ、そう呟く。

そして、颯は切り出す。


「それでさ、やっぱ俺たちあの先が気になって、なんというか、とりあえず謎を解こうみたいな感じになって、一緒にやってくれるやつ探してるんだよね、それで蒼司に声をかけたんだけど……」


颯は慎重に蒼司を誘う。

最悪断られてもいい、なんて思っていた。


蒼司は、まだ一点を見つめていた。

そして一言。


「……絶対やる」


「…え?」


「やるに決まってんじゃん、そんな面白そうなこと」


「マジで!?」


颯は飛び跳ねて喜びたくなる気持ちを抑え、心の中でガッツポーズをする。


「颯達とキョウカイセン調査?絶対楽しいじゃん!」


蒼司はそのワクワクを堪えきれない様子だった。

そしてそれは、颯も同じだった。


「…ありがと、っていうか誰にも言うなよ」


「当たり前じゃん、どうする?今日にでも行くのか??」


蒼司はその高身長に見合わず、子供のように颯に聞く。

…ここにも航みたいな思考のやつがいた。


「いや、とりあえず明日の放課後、航が連れてきた人たちと集まることになってる」


「おけ、楽しみだな」


そう言って蒼司はにっこりと笑いかける。


「そうだな」



一通り話が終わり、教室を出る。廊下にはもう人がいなくなっていた。

校門まで2人は一緒に行き、帰り道が違うため、そこで別れた。


あとでLINEしようぜー、と言いながら、蒼司は大きく手を振った。


その日家に帰ると、2年ぶりくらいに蒼司とのLINEが更新されていた。





そーじ

「久々だなこのLINE更新するの」


               「それな」


そーじ

「颯から誘ってくれたの、普通に嬉しかっ

たw」


                  👍


そーじ

「颯は例の壁の先何があると思う?」


                   颯

          「マジで想像つかん」


                   颯

             「蒼司は??」


そーじ

「俺はなんか、実は外は荒廃した世界で、俺

たちのまちだけ生き残った、みたいな」


そーじ

「ありそうじゃね??」


                   颯

「なんだそれwアニメとか漫画の見過ぎじゃ

ねw」


                   颯

           「なくはないけど」


そーじ

「だろ??」




久しぶりに話す蒼司との会話は、楽しすぎて終わらなかった。

しばらく蒼司とLINEしていた。


もう終わらないので、一旦続きは明日の放課後にしようということになり、颯はスマホを閉じ、自室のベットに横になりながら天井をみつめた。


颯はまず1人仲間が増えた喜びと、その仲間が蒼司であることに、一層ワクワクしていた。


…航はどんなやつを連れてくるのだろうか。


明日が待ち遠しくて仕方がなかった。


窓の外を見ると、いつものように澄んだ空が広がっていた。






          

                     

            










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