第13話:断罪劇が始まりました

「ムリーノ公爵令嬢、クラーラ!私は貴様との婚約をここに破棄するっ!」


 慌てて駆けつけたラズだったが、断罪はすでに始まっていたようだ。


「あああぁ、マジでやってるよ。馬鹿なやつ。はぁもう、しょうがないな自業自得だし」


 がっくりと肩を落としたラズだったが、クラーラ嬢は毅然として十数人の男子生徒達の前で美しいカーテシーをしてみせた。


「婚約破棄の件、承りました。残念ながら、縁がなかった模様。デブッチ公爵令息には幸あらんことをお祈りいたします」


 おお、とざわめきが広がる。スティーブンは、あれ?何かが違うと少々狼狽えて、チラリとカルメーラを見た。その地点で誰がこの断罪劇を用意したのかわかってしまった。無言で自身の横にいるカルメーラを認めた第三王子は、眉を顰めた。その場にいた全員がカルメーラを見る。


「な、なぜわたくしを見るのです!?わたくしは関係しておりませんわよ!?」


 事情を知らない生徒達からすれば、確かにカルメーラとスティーブンの婚約破棄は繋がりがない。


「つきましては」


 クラーラが顔を上げ、よく通る声で雑音を黙らせた。


「我が公爵家より、デブッチ公爵家に対し契約の通りのわたくしに対する慰謝料、ムリーノ公爵家と提携していた共通業務の破棄に伴う契約不執行につきましての請求書をお送りいたします。伴いまして、ストーキン伯カルメーラ嬢を見届け人として、この契約においてデブッチ公爵家の保証人となっておりましたストーキン伯爵家にも同様に契約不渡の請求をいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」

「はぁ!?」


 驚いたのはカルメーラ本人である。関係ないと喚いていた最中で、まさか我が家が保証人になっていたなど誰が思うだろうか。


「保証人って、何よそれ!聞いてないわ!」

「私は聞いていたよ、カルメーラ嬢」


 そこで静かに口添えをしたのは第三王子のアダルベルトである。自分が婿に入るから、公爵家同士の保証人としても問題ないと認可されたのである。ちなみに補償額は500億マール。国の五年分の国庫予算である。


「う、うそ、そんなの、払える訳が……」


 この地点で第三王子は「ありえないな」とこの結婚を破棄するつもりでいるのだが、カルメーラはそれどころではない。うまくことが運んでいたのはほんの序奏だけ。奸計はすでに破綻している。どうやって巻き返すか、逃げ出すかに必死でアダルベルトどころの騒ぎではなかった。


 しかしながら、王家を挟んでいるのだから、逃す手はない。王子が絡むのなら国がなんとかしてくれる。こうなったらカルメーラはしらを切り続けるしかない。これは全てスティーブンが考え仕出かした事。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!その契約書とやらは私は見たことがない!そもそも貴様がラズマリーナ嬢を貶めなければ私が婚約破棄をする必要もなかった!貴様の自業自得ではないか!なぜ我が公爵家がそんなものを支払わなければならないのだ!」


 クラーラは顔色ひとつ変えずに、スティーブンに頷いてみせた。


「デブッチ公爵令息がご存じなくとも、公爵であるあなたのお父様と、我が父、そして現公爵であるわたくしが契約をまとめてございます。それにつきましては、デブッチ公爵からあなた様に婚約の理由を含めお話をされたと伺っておりますので、どうぞお父様とよくお話をなさってくださいませ。それと」


 クラーラ嬢がクルリとオーディエンスを見渡す。令嬢の中にラズの姿を認め、やや頭を下げる。ラズはゴクリ、と喉を鳴らし一歩前に出た。


「ラズマリーナ・ナンチャッテ男爵令嬢、ここで仰りたいことはございますか?」


 流石の公爵令嬢である。いや、今しがた、自分が公爵であると告げた。クラーラはすでに公爵の爵位を受け継いでいたのだ。迫力が、胆力が違う。本物の貴族がここにいた。ラズはクラーラに対してカーテシーを取る。高位貴族の礼儀も一応は学んだものの、この場でそれを暴露する訳にはいかない。だから、ラズは男爵令嬢の礼を取り、話しかける非礼を詫びてから、スティーブン達令息を一通り見渡した。


「ワタシ、ラズマリーナ・ナンチャッテはムリーノ公爵様からの嫌がらせなど一切受けておりませんことをここに宣言いたします。どこでそのような噂が流れたのかは存じませんが、ムリーノ公爵様に対する誹謗中傷であると理解しており、勘違いにせよ、悪意があっての事にせよ、不敬である事には変わりはございません。皆様方もお覚悟の程、お心に留め置きいただきたく存じます」


 ひゅっと息を飲んだ子息達が一斉に青ざめる。


「つきましては、ムリーノ公爵様にご迷惑をおかけしましたこと、大変申し訳ございませんでした。ワタシごときにできる事は少なく心苦しくはありますが、できる範囲のお詫びを申し上げます。どのようなことでも、どうぞお申し付けくださいませ」

「どんなことでも?貴族として、そのような言葉は簡単に告げるべきではございませんよ、ナンチャッテ男爵令嬢」

「どうぞ、ラズマリーナとお呼びくださいませ」

「……では、ラズマリーナ嬢。あなたの謝罪は受け取ります。どうぞお顔をおあげになって。そもそもあなたも被害を受けた者。ここにいる御令息方に迷惑をかけられた事に文句を言うことも、今だけわたくしが許しますわ。どうかしら?」

「えっと、ありがたき、お言葉。それでは、これまでの恨みつらみを述べてもよろしいでしょうか」

「ええ。どうぞ」


 この時になって、初めてクラーラの顔に笑みが浮かんだ。


 ラズはこれまでカルトロが一番怖いと思っていたのだけれど、その順位が初めて変動した。


 高位貴族、怖い。


 静かに鬼の面を被るクラーラは確かに高位貴族の矜持を持っていた。この機会をじっと伺って待っていたのに違いない。相手有責で破棄できる機会を。これまでの非礼を全て換算する時を。


 この人は格が違う。公爵家には絶対近寄らず、敵に回さず、触らないでおこうと肝に銘じる。腹を見せて床に転がる子犬の気分が、今よくわかった。


 しかしそれはそれ、これはこれ。


 文句を言っても不敬にされない今だからこそ、全てを暴露してしまおうと顔を上げた。


「まずはデブッチ公爵令息様、人が働いたお金で買ってきたものを、自分のためになどと勘違いをなさるのも大概にしてくださいませ。あなたのために持ってきた商品など、クッキー一枚たりともございませんでした!勝手に低学年の教室に乗り込んできては、威嚇し調和を乱し、人のいない間にワタシの机を漁るなど、人として恥を知りなさい!勝手に生徒会室に連行しようとするのも、金輪際二度としないでいただきたい。大迷惑です!

 それから、エロス・ペッチオ伯爵令息!あなたには散々インクをかけられましたが、いまだに謝罪をしていただいたことがございません。制服を汚されたのに、なぜドレスを買うと言っては、外に連れ出そうとするのか訳がわかりません。それよりも制服のクリーニング代をいただきたく、請求いたします!

 ロメオ・グリコ侯爵令息。貴方はワタシに剣を向け、わざと制服を切り裂こうとしましたね?怪我をさせたから責任を取るよ、なんてどこの誰が頷くと思うのですか。ちなみにワタシ自身、治癒魔法が使えますから、怪我の責任を取らせることなど、全くもって必要ありません!他のご令嬢の手前、剣を折るだけに留めましたが、何かにつけ後ろから付き纏われ、チンピラをけしかけて置きながら、さも自分が助けに入ったように見せかけておりましたが、校内に不審者を誘導することがすでに校則違反だと、なぜ気がつかないのです?あなたは学院長から厳罰な処分が下されますよ!

 この数ヶ月で被った制服の被害は全部で15枚。皆様方は一体どう言うつもりなのでしょうか!人の制服を汚して悦ぶ癖でもあるのですか?あと、靴を盗んだマオリッツオ・ベックス伯爵令息、靴を返してください!すぐにも焼却処分にします!それから女子寮に忍び込もうとした数名の子爵子息と男爵子息のみなさま、それは完全な犯罪です!」


 名指しで文句をつけられた令息達は真っ白になって震え上がった。だんだん調子が上がってきて、どんどん不満が飛び出していくにつれ、後ろで黙って聞いていた令嬢達も「そうよ、そうよ!」「良い迷惑だわ!」「変態ね」「変態だわ!」「気持ち悪いわ!」「異常者よ!」と大合唱である。中には自分の婚約者も含まれているようで、解消よ、破棄だわ!との声も混じる。


 が、そんな中で立ち直ったスティーブン・デブッチ公爵令息が喚き出した。

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