第19話 コーデリアの自爆、王太子の転落②

 あれだけ派手に言い争っていた王太子アルフレッドとコーデリア・フローランが、やがてお互いに息を切らしながら睨み合ったまま黙り込んだ。会場の空気は冷たい失望に包まれ、あちこちからため息が漏れている。そこへ静かに歩を進めたのが私――リリエッタ・フォン・グラディス。騒ぎに巻き込まれるのはごめんだと思っていたけれど、王太子のあまりにも哀れな姿に、さすがに何かを言わずにはいられなかった。


「アルフレッド殿下。あなたがこんな形で破滅するのは、正直見ていられないわ」


 私が少し距離を置いたままの位置で口を開くと、王太子ははっと顔を上げる。先ほどまでの焦りと怒りが混ざった表情から一変、どこか戸惑ったような視線をこちらに向けてきた。

 彼に対する怒りは今でもある。私は彼に婚約破棄を突きつけられ、名誉を傷つけられた。だけど、あの舞踏会の失態があまりにも派手だったせいか、今の彼を見ていると、哀れさが先に立ってしまう。


「……おまえ、何を言いに来たんだ? オレをまた嘲笑うのか? それとも父上に訴えるか?」


 アルフレッドが言葉を絞り出すように吐き捨てる。かつては婚約者でありながら、一方的に私を切り捨てて“悪人”に仕立て上げようとした男。今や目の前で醜態を晒すその姿に、正直カタルシスもあるけれど、喜びよりは呆れや寂しさを感じているのも事実だ。


「嘲笑うつもりはないわ。あなたを笑い者にする理由も興味も、もう私にはないの。それどころか、こんな形で堕ちていくあなたを見るのは、ちょっと胸が痛いくらいよ」


「はあ? そ、そんな寝言を言ってもオレは騙されないぞ。お前がオレの婚約者だったころから、ずっと企んでいたんだろ? ここで“最後の一押し”でもしてやるつもりか」


 殿下の声は震えていて、前のような自信満々の響きはもうどこにもない。コーデリアが隣で悔しそうに唇を噛んでいるのが見えるが、会話に割り込む余裕はないらしい。代わりに周囲の視線は私たちへ集中している。

 私はひとつ息を整えてから、王太子をまっすぐに見つめた。以前の婚約者として――そして今は“何の関係もない相手”として、言葉を紡ぐ。


「一時は私、あなたと結婚する未来を思い描いていたのよ。でもあなたは裏切ったわ。私だけじゃなく、国民や周囲の期待すらあなたは裏切ったの。……確かに、私も昔はもう少しあなたに“ちゃんとした人”であってほしいと願っていた。それができなくなったからこそ、今あなたはこうして破綻しつつあるんでしょ」


「……お、おまえに何が分かる! オレの苦しみも、父上に見捨てられた痛みも、おまえが理解できるわけないだろ!」


 王太子が声を荒らげる。しかし、同時にその言葉がどこか空虚で、私の心を揺さぶるだけの迫力を持っていない。今の彼は、自分が招いた失態から抜け出せず、ただわめいているだけに見えてしまう。


「分からないからこそ、私は捨てられたんじゃない? あなた、誰の助言も聞かず、コーデリアに振り回されて、結果的にこうして自滅しかけてる。……見ていられないわ。本当に、もう少しマシな形で終わってほしかったというか」


「お、おまえ……いまさら同情のつもりか? ふざけるな……オレは、おまえの言いなりにはならない!」


 耳を塞ぐように殿下が叫ぶが、その叫びですら虚勢にしか聞こえない。会場の貴族たちも、すでに彼に興味を失い始めており、「もう王太子はだめかもしれない」とうんざりしている雰囲気が伝わってくる。

 私は相手を追い詰めるような口調は控えつつ、かといって情けをかける気もない。だから、自然と冷めたトーンになるのが自分でも分かった。


「私に同情する権利なんてないわ。でも、あなたがここまで落ちたのは、結局あなた自身のせい。言い訳を並べても、真実は変わらない。……いい加減、そこを受け止めないとどこまでも落ちていくだけよ」


「うるさい……! お前なんかに言われなくても、オレは、オレは……」


 アルフレッドの口が動くが、言葉にならない。コーデリアもそばで小さく震えているが、もはや王太子と口論する余力は残っていないようだ。私はその様子を見て、はっきりと“もう勝負はついた”と悟る。

 ふと、わずかに視界の隅でセバスティアンが嘲笑めいた微笑を浮かべているのに気づく。兄に嫌われている第二王子だけど、今回はあまり動かずに静観している様子だ。おそらく、王太子がこれ以上自滅するのを楽しんでいるのだろう。


「……あなたが、この国の将来を少しでも背負う気があったのなら、もう少しちゃんと考えて行動してほしかった。私も“かつての婚約者”として、そう願っていたわ。でも裏切られたのは私だけじゃなく、父上や国民、周囲すべてよ。あなたが気づけなかっただけ」


 そう言い切ってしまうと、王太子は言葉を失い、ただ苦しげに顔を歪める。もはや何も反論できずにいる彼の姿は、場内のあらゆる人々の目に強烈な印象を与えているようだった。

 しんと静まり返った空気の中、数拍の間を置いて、アルフレッドはようやく声を絞り出す。


「……お、おまえに、そんなことを言われる筋合いはない……。オレが悪かったのかもしれないが、だからって、なんなんだよ! おまえだって偉そうに語りやがって……」


「偉そうに聞こえるならごめんなさい。でも、あなたにはもう一度言うわ。“捨てるならもっとマシな別れ方があった”――私がそう思うのは、婚約者だったから。……それだけよ」


 私は最後の言葉を冷静に吐き出し、ゆっくりと顔を背ける。周囲からは息を呑む音が聞こえ、王太子が何か言い返そうと口を開いたようだけれど、声にはならなかった。

 結局、この場では殿下は何も決定的な反論も、“逆転”もできないまま。舞踏会で苦し紛れに私を悪者に仕立てようとしたことも、今回コーデリアと組んだ計略も、すべてが裏目に出ている。今の彼に成す術はなく、もう完全に言葉に詰まっている状態だ。


「……リリエッタ、少し言いすぎかもしれないけど、いいぞ。あいつにはこれくらいがちょうどいい」


 レオンハルト兄さまの低い声が背後から聞こえてきて、私は思わず小さく苦笑した。父ヴォルフガングも、「殴るよりはマシだな」とばかりに肩をすくめている。どうやら、私の一連の発言に満足してくれたようだ。

 王太子が唇を震わせてうつむいたまま、周りから冷たい視線を浴びている光景は、まさに公開処刑のようなもの。これ以上、私が何か言う必要もないだろう。私は騒ぎを終わらせるために、一歩下がって席へと向かう。


「お前に何が分かる……」とアルフレッドは再度囁くが、もはやエネルギーは感じられなかった。

 そのまま私は踵を返し、貴族たちが遠巻きに見守る視線を背中に受けながら、自分の席へ静かに戻る。部屋には微妙な沈黙が広がり、王太子とコーデリアが置き去りにされたような図が完成した。彼らがどう言い争おうと、もはや誰も本気で耳を貸そうとはしていない。

 小さく息を吐き、私は心の中で「ざまあ、ではなく、ちょっと哀れだな」とつぶやいた。かつて婚約者だった相手に対して、こんな形の決着でいいのだろうかと思わなくもないが、今となってはそれが唯一の結末なのかもしれない。


「“上から目線”と言われても仕方ないけれど、私だってずっと傷ついてきたし、もう許せない部分が大きすぎる。……あれだけの悪行をしておいて、今さら同情してやる筋合いもないわよね」


 自分を納得させるようにそう呟くと、近くに立っていたノエルが「お嬢様、素敵でした!」と微笑んでくれた。その顔に、私も少しだけ報われる思いがする。

 こうして王太子への静かな説教は一旦終了。彼は言い返す言葉も見つからず、コーデリアとの諍いの中で四面楚歌に陥り、まさに転落への道を転げ落ちていく。次に彼らがどうあがくか分からないが、少なくとも、この場での信用回復は不可能だろう。

 会場の貴族たちが冷ややかな目を向ける中、私は心の中で「まだ続きがあるかもね」と警戒を解かない。でも、それでもこの“ざまあ”な瞬間には、どこか爽快感を得られたのも事実だ。

 その感情を少しだけ噛み締めながら、私は内心つぶやく。――“私の復讐はほぼ終わったのかもしれない。でも、コーデリアや第二王子の思惑も残っている。これで全部が終わるわけじゃないわ。”

 王太子の視線に気づいても、私はもう振り返らない。この場がどう収束しようと、彼が引き返せない道を選んだのは自分自身。いまさら助けてやる義理もなければ、同情する余裕もない。ただ胸に残るのは、ほんの少しの哀れみと、“これでいいのか”という小さな葛藤だけだった。

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