第14話 第二王子セバスティアンの思惑③
セバスティアンが帰っていったあと、私はそのまま応接室に残って、持ち込まれた資料――というか、封筒の中身――をざっと確認していた。もっとも、直接的な情報はほとんどない。せいぜい、「コーデリアが裏で動いているらしい」といった断片に加え、「殿下(王太子)が謹慎をあっさり破る気配」というメモなど、読んでも不安を煽られる程度だった。
「まったく、何から何まで怪しい。あのセバスティアン、どこまで信じていいのやら」
溜息をつきながら茶をすすっていると、廊下のほうから元気な声が聞こえる。ノエルとレオンハルト兄さまだ。ちょうど二人が連れ立って部屋に入ってきたので、私は顔を上げた。
「お嬢様、セバスティアン殿下が来られたとのことですが、どうでしたか? やはりお嬢様のお味方になってくださるんでしょうか? それなら私としては大歓迎ですよ!」
ノエルがにこにことした顔で問いかけてくる。楽天的というか、いつもながら彼女は私への擁護を最優先して、都合のいい展開を期待してしまうらしい。
「味方かどうかは微妙なところね。あくまで彼は自分の目的――王太子を追い落とすこと――のために私を利用したいだけで……私がどう出るかを見計らってる感じよ」
「なるほど、さすが第二王子……。おまえがその気になれば手を組みたいってわけか」
レオンハルト兄さまが口を挟む。普段より物騒な目つきこそやや穏やかではあるけれど、セバスティアンへの警戒心は依然として強いようだ。
「そうなの。セバスティアンはコーデリアの動きも把握していて、『兄上(王太子)を徹底的に失脚させるためには、お前と組むのがベスト』なんて言い出してきたわ」
「それでおまえはどう思うんだ? 俺はあいつが信用できないと前々から言ってる。いっそ潰しておいたほうが安全じゃないか?」
「兄さま、すぐ暴力の話にするのやめて。第一、第二王子を潰すとかほんとに無理だから! 公爵家としても、王家に喧嘩を売るなんて真似は勘弁よ……」
私は声を張り上げ、思わず頭を抱える。兄が小さく舌打ちするのを横目で見つつ、ノエルの方に視線を戻した。彼女はというと、まだ楽観的な笑顔を湛えている。
「でも、せっかくなら利用しちゃえばいいんじゃないですか? セバスティアン殿下がどこまで本気か分かりませんけど、殿下って見た目も素敵ですし、お嬢様と一緒にいるときの絵面も良いですし……」
「何を言ってるのよノエル。絵面がいいって、そんなの理由にならないでしょ。しかも彼の性格、兄さまとは別種の危険さがあるのよ?」
「だよな。妹を利用して自分が得をしようって奴は許せん。あいつ、いけ好かない笑みを浮かべやがって……」
レオンハルトが腕を組み、いかにもむかついているといった様子。ノエルと兄の意見は真っ向から食い違っている。私は二人の会話を行き来しながら、頭が痛くなるばかりだ。
「はあ……。だから私は困ってるのよ。第二王子にほいほい乗っかれば危険だし、かといってコーデリアとアルフレッドがまた厄介なことを起こすなら、セバスティアンをうまく使えるかもしれないし……」
「お嬢様はやっぱり王太子とコーデリアへの復讐を完遂したいですもんね。そこに第二王子殿下の協力があれば心強いはずですよ!」
「ノエル、私の目的はもうほとんど達成したというか、王太子をあれだけ追い詰めたし……でも、正直コーデリアが何するか分からないから、まだまだ油断できないのは確か」
ノエルが楽観的に「二人が手を組めば最強」と盛り上がる一方、兄が憮然とした顔で椅子にドカリと腰を下ろす。
「俺は断固反対だ。第二王子と組んだら、確実に後で面倒なことになるに決まってる。おまえが振り回されるのが目に見える。第一、あいつの目的は殿下を失脚させることだけじゃない可能性だってあるし」
「そこは私も同感よ。セバスティアンがどこまで考えてるかまったく掴めないし……。私が利用されるリスクも大きい」
「でもお嬢様、セバスティアン殿下もコーデリアの動きについて情報を掴んでいらっしゃるんですよね? それを有効活用しない手はないじゃないですか!」
「はあ……ほんと、頭痛い。こっちだってそうしたい気もあるわよ、ノエル。でも兄さまの言うとおり、後々トラブルになりそうなのよ」
私は頭を抱えながら口をへの字に曲げる。過激シスコン兄さまの意見も、ノエルの楽天的な感想も、一理あるのがまた悩ましい。どうしてこうも周囲が極端なんだろうと嘆きつつ、自分も少なからず“復讐”の誘惑を捨て切れていないことに気づく。
「だいたい、そんなに迷う理由があるのか? リリエッタ、おまえは王太子を十分ギャフンと言わせたじゃないか」
「それは……そうね。でもまだコーデリアが絡んでくるし、アルフレッドの謹慎だって形だけかもしれないわ。彼らが本気で逆襲してきたら、私も兄さまに頼るしかなくなるし……それならセバスティアンを使って先に止める手もあるのかなって」
「くそ、どいつもこいつも面倒な奴ばかり。妹を煩わせる奴は全員まとめて殴ってやりたいところだが……」
「兄さま、それだけはダメ! いつも物騒すぎるのよ……!」
私は再び兄の肩を押さえ、力ずくで暴走を止める。ノエルは「まあまあ、お二人とも落ち着いてください」と間に割って入るものの、真剣に止める様子はなく、どこか傍観を楽しんでいる風でもある。
「はあ、結局どうすればいいのか……。セバスティアンの誘いに乗るには警戒が必要だし、でもコーデリアとアルフレッドが組んだら大変そう……。私の家族も過激だし、何重にも頭が痛いわ」
「お嬢様、あまり抱え込まないでくださいね! 私はいつでもお力になりますし、兄さまも……ちょっと過激なだけで頼もしいですよ!」
「頼もしいというか……手が付けられないだけなんだけど。まあ、感謝はしてるわよ、両方に」
そう言いながら深いため息をつく。結論としては、今はまだ「セバスティアンの誘いにすぐ乗る必要はない」というところ。むやみに突っ走れば利用されるリスクが高い。かと言って、無視すればコーデリアや王太子の動きに対抗しにくくなるかもしれない。
ドタバタで物騒な家族と、さっぱり噛み合わない第二王子の思惑。頭を抱えながらも、私が出した結論は一つだけだった。
「とにかく、もう少し状況を見よう。コーデリアや王太子が実際に動き出したら、そこでセバスティアンとの連携を検討する感じかしら。今の私には、この曖昧な情報じゃ決断できない」
「それがいいだろうな。妙な軽率で妹を危険にさらすわけにはいかんし」
「はい、お嬢様。どんなときでも私は全力でサポートいたしますから、ご安心を!」
ノエルの満面の笑みと、兄の不機嫌ながら納得した表情が同時に視界に入る。それを見て、私はようやく安堵の息をついた。どこまでいっても、みんなまともに意見が噛み合わないし暴走寸前だけれど、今はまだ大きな衝突を回避できているだけよしとしよう。
――こうして私たちの次なるアクションは保留となり、ドタバタとした相談は一区切りを迎える。コーデリアがどんな策を練えているのか、王太子がどう動くのか、セバスティアンが何を仕掛けるのか……すべてはまだ霧の中。
私は胸の奥で「もう、勘弁してほしい」とこっそり思いつつも、またしても嵐の前の静けさを感じるのだった。
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