第11話 国王の裁定! 王太子の追放危機?①

 あらかじめ宣言されていたとはいえ、王太子アルフレッドを巡る騒動の裁定が、まさかこんな場で下されるなんて誰も想像していなかっただろう。華やかな舞踏会の最中、国王フレデリック・イグナシオがよろめくように壇へ上がり、杖で床をコツコツと叩くと、あれよあれよという間に会場の熱気が冷や水を浴びせられたように沈黙へ変わった。


「では、そろそろ始めるかのう……わしは眠くてたまらんから、ちゃっちゃと済ませたいぞ。ええと……アルフレッドはどこじゃ?」


 ぼんやりした口調と、眠けを訴える軽い声。その一方で、「我が息子の行いを見過ごすわけにはいかん」という決意が言葉の底に潜んでいるようでもある。いつも気まぐれで耄碌だと言われる国王だが、そんな彼が厳格な態度を見せる場面は、かえって不気味な迫力を帯びている。

 王太子アルフレッドは、人ごみの中から震え声で「ここにおります」と答えると、周囲の貴族たちが自然に道を開け、その姿を国王の目の前にさらす。私は少し離れた位置で、父ヴォルフガングや兄レオンハルト、そしてノエルとともに成り行きを見守っていた。


「おお、そこにおったか、アルフレッド。なんだかやつれとるのう? 先ほどのあれか、リリエッタの追及でぐうの音も出なかったとか……まあよい、要はおまえの行いが国の恥じゃと噂されとる。わしにもいろいろ耳に入ってくるぞ」


 国王が口の端を緩めながら、しかしどこか冷淡な声で告げる。一方の王太子はまるで逃げ場を失った獣のように肩を震わせている。貴族モブたちが、今か今かと次の言葉を待ち構えるなか、国王はさらに杖をトントンと打ち鳴らした。


「お前の公務放棄や、浪費、挙げ句に婚約者を理不尽に追い出して騒動を起こしたと聞いとるが……まったく、国を背負うべき者の振る舞いではないぞ。わしが若かった頃は……ん? なんじゃったかな……そうそう、もっと危機感を持っとったものじゃ」


「ち、父上、違うんです。ぼ、僕だって真面目にやっているところだったんですよ! その、ただちょっと……遊びすぎちゃっただけで……」


「ふむ、皆が見ておる中でそんな言い訳か。遊びすぎて国費を浪費した話もあるが、リリエッタに責任をなすりつけたと聞いたぞ。これは国の恥以外の何物でもないのう?」


 国王が眠気混じりにぼやきつつ要点をつくものだから、王太子は焦って汗だくだ。周囲の視線は冷ややかで、先ほどの公開処刑の延長線がまさにここにあるという空気。私のほうもそれを見届けながら、「よし、この流れだわ」と心中で頷いた。殿下に対する非難は確実に高まり、私の名誉は回復されつつある。


「そ、そもそも、リリエッタだって……彼女のほうが……! おまえが……!」


 アルフレッドが必死に私を指さすが、誰もが「まだ言い訳するのか」と呆れ顔。私に視線が集まるが、すでに大勢が「リリエッタさんこそ被害者だ」と理解してくれているため、王太子に同情を寄せる者は見当たらない。

 セバスティアンが人垣の後ろで「兄上、もうそれ以上は墓穴だよ?」と小声で笑っているのが見えた。アルフレッドはそれにも気づいたのか、さらに青ざめた顔を曇らせる。


「アルフレッドよ、わしはおまえに期待していたんじゃがな……今回の舞踏会でこんな醜態を晒すとは、国民に示しがつかんじゃろう。少し頭を冷やしてから戻ってきたらどうか? そうじゃのう、しばらく謹慎と公務停止じゃ。……やれやれ」


「ちょ、ちょっと待ってください、父上、それはいくらなんでも……不公平ですよ! ぼ、僕だって本当にそこまで……」


「おまえが自ら招いた結果ではないか? 誤解だと喚いても、もう皆が証拠を見てしまったのだから仕方ない。ここで追放されぬだけでもありがたく思え」


 軽妙な口調なのに、核心だけはしっかり突いてくるのが国王フレデリックの不気味なところ。彼の耄碌ぶりが噂される一方で、“大事なところは外さない”という話は事実らしい。

 王太子は「こんなの不公平だ!」と声を上げかけるが、モブたちからすぐ「自業自得よ」「あれだけ遊んでりゃねえ」とひそひそ言われて、泣きそうな顔で沈黙するしかない。私も思わず「やった……!」と心中で小さくガッツポーズを取る。


「お嬢様、これで名誉はほぼ回復ですね!」


 ノエルが私の耳元でささやく。兄レオンハルトも「よし、ほとんど勝利だな」と得意げな表情。後方では父ヴォルフガングが腕を組んで満足げに頷いている。多分、殴るよりも痛烈な打撃を王太子に与えられたと感じているのだろう。

 私も胸を撫で下ろしつつ、「本当にこれで追放されるの?」という疑問が頭をよぎる。国王が本気で王位継承を取り消すとなれば、それはそれで国に大きな影響が出そうだけれど……私の婚約破棄をねじ伏せた殿下が失墜するのは望んだ通り。複雑な思いもあるが、今は素直に“勝利”を噛み締めておきたい。


「……しょうがない。これで王太子は少なくとも公務停止、場所によっては地方に送られる可能性もあるでしょうね」


 セバスティアンがひそかに微笑しながら近づいてきて、小声で私に言う。あの冷たい瞳がやたら愉快そうに輝いているのは、兄への嫌悪だけではないかもしれない。

 アルフレッドが地位を降りれば、自分が王位継承にグッと近づくわけだから当然といえば当然。でも、私は彼に踊らされるつもりはない。


「ふん、そうなれば私の苦労も報われるってものね。あなたは好きにすればいいんじゃない?」

「そうだね。まあ、これは父上の裁定次第だが……罰が必要ということだから、あの兄上がどう足掻こうと結果はほぼ変わらないだろう」


 セバスティアンが肩をすくめて笑うと、殿下は遠巻きに二人の様子を見て「な、なにを話してるんだ……」とさらに縮こまる。国王が「戻るぞ、眠い……」と杖をついて立ち去ろうとする後ろ姿を見ながら、会場の視線はすべて王太子と私に集中していた。

 人々の目は「リリエッタ、やったね!」という称賛と、「王太子はこれで終わったか……」という同情半分の呆れ半分で満ちている。気づけば、私自身への奇妙な敬意や賞賛が増えていることに気づいた。


「……どうやら、私の勝ちってことかしら。王太子殿下にも逃げ場はないわね」

「ぐぬぬ……ま、待てよ……父上、そんな……」


 アルフレッドが最後の悪あがきのように叫ぶが、国王は「ふぁあ……もう煩いのう。おまえは黙って謹慎せよ。いいな?」とあくび交じりで退場を宣言した。セバスティアンがニヤニヤ笑うなか、殿下は青ざめた顔で誰に助けを求めることもできず、完全に孤立している。


「やった……これで私の名誉は回復できそう。そして殿下も失脚必至か」


 内心でガッツポーズをする一方、先ほど来感じていた疑問、「本当に追放されるのかしら?」が頭をよぎる。国王があそこまで明言したのだから、もう決まりなのだろうけれど、今後の展開をどうコントロールするのかは、まだ分からない。

 ともあれ、周囲のモブ貴族から「リリエッタさま、おめでとうございます。殿下の嘘が暴かれてスッキリしましたわ」とか「まさかこんな結末になるとは!」という声が飛んでくる。兄レオンハルトと父ヴォルフガングは「よくやった」と大満足の様子で、今にも祝杯をあげそうだ。ノエルも「お嬢様、さすがです!」と目を潤ませている。


「ありがとう、みんな。殿下の振る舞いには散々苦しめられたけど、これで一つケリをつけられたわ。……でも、この先どうなるかはまだ油断できない。セバスティアンも、なにか動きそうだしね」


 王太子の失脚が濃厚になった以上、次に国を動かすのは第二王子。あの腹黒い微笑を見ていると、私を利用しようと虎視眈々と狙っているのが透けて見える。まだまだ波乱は続きそうだけど……いまはひとまず、自分の勝利を祝い、王太子を降ろす成果を収めたことを自分なりに喜びたい。

 次にどんな裁定が下されるのか、どんな陰謀が渦巻くのか――予感は尽きないけれど、ここにいるみんなの視線と拍手を受け止めながら、私は胸を張って満面の笑みを浮かべる。宮廷の深夜はまだまだ長い。けれど、いま確かに私は、そのステージの中心で堂々と目標を成し遂げつつある。どんな嵐が来ても、きっともう負けない――そう強く思いながら、私はドレスの裾を翻し、勝利の余韻を楽しむのだった。

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