第4話 父(狂犬公爵)の武力介入!?②

 ノエルが王宮でかき集めてきたという情報は、私の想像をはるかに超えていた。今は公爵家の書斎に集まり、彼女が持ち帰ったメモや聞き込み記録をひと通り並べているのだけど、その内容の濃さに思わず呆然としてしまう。


「……アルフレッド殿下、こんなにおかしなことをしてたのね」

 私がそう呟くと、ノエルは「そうなんです!」と鼻息を荒くしながら勢いよく頷いた。

「無駄遣いの話は有名ですが、ここまで派手だとは。お酒だけで月に何十万リクスも使っているとか、宝石を三日で買い替えたとか……。しかも支払いの一部は国の予算から出している可能性が高いそうです」

「三日で買い替え!? 聞いたことないわよ、そんな浪費癖……。王族だからってやりたい放題じゃないの」


 思わず頭を抱えてしまう。私は婚約者として、一応殿下とある程度の面識があるはずだったけど、そこまで深い付き合いをしてこなかったために知らなかったのか。それとも、王太子だから周囲が隠してきたのか。


「それ以外にも、女性関係の噂もすごいですよ。街の貴族娘や商家の令嬢を連れて遊びまわっているとか。この間は三人同時に侍らせて……」

「はいはい、もういいわ。そんなの聞きたくない……」

 どこから突っ込んだらいいのか、混乱するほどの逸話が次々と飛び出す。ここまで乱暴な話が世間に出回らなかったのが不思議なくらいだ。


「それがですね、皆さん口には出さなくても、殿下の肩書を考えると文句は言えないらしく……いわゆる“空気を読む”というか」

「そうね。王太子の評判を悪く言うのは命取りになりかねないし。みんな黙って見過ごしてたんでしょうね」


 今さらながら、婚約破棄に至る前にもっと細かいところを調べておけばよかったと後悔しかける。けれど、今となってはしょうがない。これだけの情報があれば、私が受けた理不尽な仕打ちがいかに馬鹿げていたか、世間に証明する足掛かりになるかもしれない。


「王太子だから保護されてたようなものだけど、こうなれば私としても容赦しないわよ。だって、勝手に私を悪者扱いして破談にしといて、裏ではこんな乱行ざんまいだなんて!」

「ですよね、お嬢様。殿下には一度きちんと痛い目を見ていただかないと……」


 怒りを覚える一方で、危うさも感じずにはいられない。いざ暴露するとき、相手は王家。もしミスをすれば、こちらが逆に追い詰められかねない。これまでの父や兄の言動を考えると、あの人たちが真っ先に武力に頼りそうで心配だ。


「ノエル、もう少し王太子の無茶ぶりを調べてみて。絶対に揺るぎない証拠を掴む必要があるわ。今出てる話だけじゃ曖昧すぎる」

「かしこまりました! お嬢様が安全に殿下を貶めるためなら、どこまででも調べを広げます!」

「よ、よろしくね……ただ、ほどほどに慎重にお願い」


 ノエルが“喜んで!”と目を輝かせるのを見て、若干の不安はあるけれど、彼女は有能なのも確かだ。過激な行動を取らないよう釘を刺す必要はあるが、きっと必要以上に突っ走らないよう気を配ってくれる……と信じたい。


 そこへドアがノックもなく開き、レオンハルトが入ってくる。

「なんだ、こんなところで集まって。ああ、殿下の失態リストか? どれどれ、俺にも見せろ」

「ちょっと、兄さま。ドアはちゃんとノックしてよ」

「いいだろう、俺たち家族だし。……おお、これは相当笑えるぞ。馬鹿伝説の宝庫じゃないか」


 兄さまはテーブルに散らばるメモに手を伸ばし、ニヤニヤしながら内容を読み上げ始める。


「“酒に酔って馬に乗り、噴水にダイブした”……本当か? よく死人が出なかったな」

「ちょ、まさか……? そんな話まで……」

「“コーデリア嬢との密会で、場所を間違えて厩舎に突撃し、騎士に叱られた”……アホすぎる。興味深いじゃないか、これは」


 次々と露呈する王太子の“おバカ伝説”に、私は呆れるやら笑うやらで感情が忙しい。ここまで来ると、逆に王族としての威厳が心配になる。


「本当に酷いわ。よく今まで表に出なかったわね。何が悲しくて私、こんな人と婚約してたのかしら……」

「まあ、黙っていれば大人しく見えるタイプだったのかもな。今や破談したから隠す必要がなくなって、話が漏れやすくなってるのかもしれないぞ」


 兄さまは声を殺して笑いながらも、どこか得意げだ。こんな面白いネタを手に入れたのがうれしいのだろうが、私はあまりにくだらない話ばかりで、喜びよりも呆れのほうが強い。


「とはいえ、これをどう公表するかが問題ね。下手にぶちまけるだけだと、私たちのほうが騒ぎを起こしたと責められる恐れがあるし……」

「そのための証拠だろう。せっかく無数の愚行リストがあるんだから、一つでも確実に裏付けできるものを見つければ、あっちの信用はガタ落ちさ」


 レオンハルトの口ぶりは自信たっぷり。確かに彼は裏工作や情報収集に関して、妙な才能がある。ノエルの動きと合わせて調整すれば、王太子を丸裸にするのも夢じゃない……かもしれない。


「そうね、ひとつ確実な証拠があれば他も芋づる式に崩せる可能性は高い。……ただ、あんまり派手に暴れたら父さまが暴走しそうだし、慎重に進めなきゃ」

「ああ、あの人はすぐぶっ飛びそうだからな。妹よ、安心しろ。いざとなったら、俺が父上をなだめてやるさ」

「それも心配だな……」


 そのやり取りにノエルがクスクス笑いを漏らす。いつもは静かに仕えているが、私と兄さまの会話になると話題が物騒になるからか、楽しそうに聞いている気もする。


「お嬢様、リストにはまだまだ書ききれない噂があるんですよ。例えば、“王太子殿下は毎晩違う女性を呼んでダンスパーティーしている”とか、“狩りをするとき獲物を全部部下にやらせて自分はお酒飲んでいる”とか……」

「もう、充分だわ。次から次へと“まさか”が押し寄せるから頭がパンクしそうよ」


 それでも、こうして愚行リストを眺めていると、王太子に一矢報いたい気持ちがますます高まってくる。あんな人に振り回されたまま終わるなんて、絶対に嫌だ。


「よし、これだけ材料が揃ったんだもの。あとは慎重に裏取りをして、タイミングを見計らって公表するわ。そうすれば、私に向けられたあの無茶なレッテルだってひっくり返せるはず」

「いいね、妹よ。そのときは俺が先陣を切ってやろう。資料の整理を任せてくれ」

「私もお嬢様を全力でサポートします! このリストを完璧に生かしましょう!」


 私の宣言に兄さまもノエルも、自信満々の笑顔で応えてくれる。まるで戦いに出る前の戦士のようだけど、やっていることはひどく地味なはず……。しかし、私たちからすればこれが重要な第一歩。


「さて、それじゃ王太子の失態を表に出すまでが勝負ね。くれぐれも身バレに注意してちょうだい。全部がバレたら逆にこっちが言い逃れできなくなるわ」

「分かってるさ。俺もこんな楽しい作業で失敗したくはない」

「“楽しい作業”って言い方はどうかと思うけど……。ノエルも気を付けてね?」

「はい、お嬢様。お任せください!」


 こうして私たちは王太子の失態をまとめあげる算段を整えつつ、次なるステップ――確証を得るための動きへと進むことを決める。大量の愚行エピソードが詰まった紙束を改めて見下ろし、私は不思議な活力を感じていた。


 これが実現すれば、あの無遠慮な破談に対して、堂々と反撃ができるはず。笑い話にするには腹立たしい内容だが、うまく使えば私にとっては最高の武器になる。果たして、このリストがどんな騒ぎを巻き起こすのか――想像するだけで少しだけワクワクしてしまうのを、私は抑えきれなかった。

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