【第五十章】 虚ろな鐘の先で
古びた講堂の空気は、重く、微かに埃っぽかった。
外から差す光はほとんどなく、天井のランプだけが、鈍く人々の顔を照らしていた。
円を描くように椅子が配置されており、いぶき、ミユ、さやか、真壁、柘植、詩音、そして篠宮が、それぞれ微妙な距離を取っていた。
いぶきの声が、場の静寂を切った。
「俺たちはずっと、“零時に鳴ったチャイム”を基準に、事件の時系列を組み立てていた。でも、それ自体が仕組まれていた」
手元の資料を掲げながら、いぶきはゆっくりと語り始めた。
「チャイム音のバックアップファイル、《chime_temp.wav》。事件当日、校内のPAに流された音。それが、わずかに高い音程、短い再生時間……つまり、偽のチャイムだったという話は、先ほどしましたね」
ミユが頷いた。
「本物のチャイムじゃなかった。再生速度を変えて、音程を上げた音源……」
いぶきは言葉を継ぐ。
「じゃあ、なぜそんな偽装をする必要があったのか? シャッターの時間工作? それも一部ある。でも、もっと本質的な理由があるんです」
講堂の隅で、篠宮が少しだけ体を動かした。反論はしない。ただ、じっと耳を傾けている。
「篠宮さんは、事件当日、旧校舎の見回りから生徒会室に戻った時、生徒会メンバーが零時のチャイムを聞いたというアリバイがあります」
いぶきは、ゆっくりと篠宮に視線を向けた。
「だけど、あなたは“時間”そのものをねじ曲げた。自分のアリバイが有効になるように、時間を加工したんです」
「……そんなこと、できるの?」
柘植が言った。
「篠宮さんは、“本物のチャイムが鳴らないように”したうえで、“偽のチャイム”を流した。全員がそれを聞いた瞬間、時計の針が、静かに狂わされた」
その一言が、講堂全体の空気を変えた。
篠宮は、なおも表情を変えない。
ただ、まるで何かを待つように、わずかに息を吐いた。
いぶきはその沈黙を無視するように、言葉を続ける。
「チャイムは、ただの鐘じゃない。“今”を決める支配の音。――その音を、犯人は偽ったんです」
篠宮は、まだ答えなかった。
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