【第二十四章】 香りの証明

 学院祭の雑踏のなか、有馬いぶきと志鶴ミユは、九条さやかに腕を軽く取られたまま、人ごみを縫うように歩いていた。強引というより、慣れた手つきだった。ふたりに抵抗の余地はなかった。

「ちょうどいいところにいたわ。あなたたち、まだうちの展示を見てなかったでしょう?」

 さやかはそう言って、校舎裏手の比較的静かな棟へと導いた。そこには、生徒の通行があまりない旧視聴覚室――いまは新聞部の臨時展示室として使われているスペースがあった。

「はい、どうぞ。これが今年の目玉記事と“香り付き”のポスターたち」

 部屋に入った瞬間、いぶきは鼻腔に微かな香りを感じた。甘いようでいて、どこか刺激的な匂い。視線を上げると、壁に貼られた数枚の大判ポスターが目に入った。どれも新聞記事の見出しや写真を拡大したもので、タイトルの下には色付きの帯が貼られている。

「匂い……? これ、何ですか?」

 ミユが訊くと、さやかは得意げにうなずいた。

「マイクロカプセル印刷よ。印刷されたカプセルの中に香料を閉じ込めてあって、擦ると香りが出るの。去年の取材で知って、どうしても導入したくて――ね、技術科の先生に頼み込んだの」

「これ、校内で印刷したんですか?」

 いぶきの問いに、さやかは軽く肩をすくめた。

「ええ。研究用途ってことで、構内に試験機を一台だけ持ち込ませてもらったの。もちろん、正式な手続きを通してね。まさか香りまで記事に込めるとは、読者も思わないでしょうけど」

 いぶきは、ポスターの一枚にそっと指を触れた。紙面の下、赤みがかった帯の部分を指先で擦ると、さきほどとは違う、少し薬品のような匂いが立ち上った。

「新聞部が使うのは今年が初めて。でも技術自体は、印刷業界では前からあったそうよ」

 さやかが続ける。

「……どうかした?」

 さやかの声に、いぶきは小さく首を振った。

「いえ、ちょっと驚いただけです。校内にこんな設備が入ってるなんて」

「そうね。でも、こういう“仕掛け”があると、ただの展示も事件みたいに面白くなるのよ」

 彼女の言葉に、ミユが小声で呟いた。

「ほんとの事件も、ね……」

 さやかはそれに気づいたのか気づかぬふりか、冗談のように笑っただけだった。

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