第22話 能力の整理クラウスの訪問

 フリージアが動けるほどの体力を取り戻したのは、目覚めてから4日ほど経ってからだった。


 フリージアは自室に運ばれた朝食を、1人で食べながら考える。


(疲弊した状態の上に無理して願いの効果をかけると、約1週間はまともに動けなくなるってことね)


 フリージアは倒れた日から今日まで、体が動かないことを理由に、自室で1人食事を取るよう勝手に決められ、食事部屋へ行くことはできなかった。

 それだけでなく、時々ふらつくものの歩けるようになっても、自室から出ることは許されず、ほぼ軟禁状態だった。


 執事のセバスチャンが医者を連れてきたときと、使用人をフリージアが呼ぶこと以外では、倒れてから今日まで誰も部屋に尋ねてこなかった。


 フリージアはテーブルに置かれた朝食のスープを一口飲むと、スプーンをカチャッとトレイに置く。


「まぁ、別にいいけどね。おかげで、色々と考えられたし…」


 フリージアは、この軟禁状態の生活に最初こそ打ちひしがれたが、これを機に自分の能力の整理をしようと、冷静に考える時間にあてた。


 15分オーバーの演奏をして願いの効果をかけると、体がふらつき疲労困ぱいとなること。


 疲労困ぱい感が薄れたとしても、時間をあまり空けずに、更に次の願いの効果つきの演奏をすると意識を失い倒れてしまうこと。


 無理して演奏をすると、倒れたあとも数日はまともに動けなくなり、1週間は無駄にベッドの上で過ごすことになること。


(それから、母も私と同じ能力をもっていた可能性があること…)


 フリージアは、ウィン公爵の言葉を思い出す。


「フレアは君と同じように、とても上手くピアノを弾いていてね、彼女は困っている人がいれば助けてあげていたよ、君と同じその能力でね」


 フリージアは窓の外を見ると、小さくため息をつく。


「お母さまにも同じ能力があったのは、本当なの…?」


 困っている人がいたら助ける、それは能力をもつフリージアにとっても、大事な指針と捉えていた。


 依頼を受けて演奏するのも悪くはないのだが、自分の目で見て困っている人を、この能力で助けてあげたい。


 例えば、店ファビアスでしたように。


(でも、まさかあの場にお客として来ていたファビウスに効果をかけたのをきっかけに、彼と恋に落ちるなんて、思ってもみなかったわ…)


 フリージアは、ファビウスと一緒にいた時間を思い出して、ふふっと小さく笑ったが、すぐに浮かない顔になる。


(約束の日に来ないで、その後も何も連絡しない私のことを、きっとファビウスは信用ならない、ひどい女だと思ったでしょうね。もう、私のことを嫌いになったかな…)


 コンコン


 フリージアの部屋の扉を叩く音がする。


「はい、なにかしら」


「失礼いたします」


 使用人のうちの1人が部屋に入ってくると、頭を下げたまま話し出した。


「フリージア様、ウィン公爵家様よりクラウス様がいらっしゃっております。フリージア様にもお会いしたいとのことです」


「えっ、今?ここに来ているの?」


「はい、現在クラウス様は、イザベラ様、ダリア様と別室でお話中でございます。フリージア様のご準備が整い次第、フリージア様ともお話をしたいとのことです」


「——わかったわ。そうしたら急いで着替えるから、手伝ってちょうだい」


 フリージアは慌ててドレスに着替え身なりを整えると、クラウス達がいる部屋へと向かう。


 使用人が扉をノックし、フリージアが来たことを告げ扉を開けると、母イザベラ、ダリア、クラウスの3人が椅子に座り話していた。


 フリージアはそんな3人に、ゆっくりと近づく。


「まぁ、そうなんですの。クラウス卿は本当に勉強熱心ですのね」


「いえ、私はまだまだ未熟です。知見を広げるためにも、もっと幅広く様々なことを学ばなければならないと痛感しております」


「まぁ〜!本当に真面目な方ですこと!」


 母イザベラはクラウスのことを気に入ったのか、目を細め嬉しそうな笑みを浮かべ、クラウスに見入っている。


 ダリアはというと、無表情で紅茶を飲みながら、2人の会話を聞いている。


 フリージアが座っている3人に近付くと、クラウスはグイグイとくるイザベラの圧から逃れられるキッカケができて一安心とのように、ホッとした表情で椅子から少し立ち上がり、フリージアに話しかける。


「フリージア嬢…!もう体調は良いのですか」


「はい、もうこのように元気にしております」


 母イザベラとダリアはというと、フリージアが話していても顔を見ようともせず、前を向いたまま無表情で紅茶を飲みフリージアを無視していた。


「それは、良かったです。今日こちらに伺ったのは、先日の演奏のお礼をお伝えしたかったからです。体調も宜しいのであれば、これから少し私と話しませんか」


「えぇ、もちろん、いいですよ。そうしたら、えっと…」


 どこに座ろうかとざっと見ると、クラウスの隣の椅子だけが空いていたのでフリージアがそこに座ろうとすると、母イザベラがスクッと立ち上がる。


「私達はここで失礼いたしますわね、クラウス卿。とても有意義な時間でしたわ。さっ、ダリア行くわよ」


 ダリアは、クラウスとフリージアの顔を見て一瞬留まろうかと躊躇したが、母に従い椅子から立ち上がる。


「それでは」


 母イザベラはクラウスにお辞儀をすると、ダリアを従えて部屋から出て行った。


 部屋には椅子に座ったクラウスと、椅子の前に立つフリージアの2人だけになった。


「あ…あの、私、こちらの椅子に座りますね」


 クラウスの隣ではなく、ダリアの座っていたクラウスの正面の椅子に移動しようとする。


「いや!…ちょっと…!…待ってください」


 移動しようとするフリージアは、クラウスに手を掴まれ、驚いて振り向く。


「嫌でなければ…隣に…座っていただけませんか」


 いつもは冷静なクラウスが、声を絞り出し緊張している姿に、フリージアまでもなぜか緊張してしまう。


「…はい」


 フリージアはクラウスの隣の椅子に座るが、緊張してクラウスの方を見られず、前を向いたまま手を組みじっとする。

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