第18話 助けて…!
「きゃああぁあっ!!」
(誰か…ファビウスっ…助けてっ…!!)
フリージアは両腕を自分の顔の前に交差させ、ギュッと目をつぶる。
ウィン公爵の指先がフリージアの腕にかすったそのとき、ウィン公爵の驚いた声と、大きなガシャンという音が響く。
「うわあぁっ!」
何事かとフリージアは目を開けると、目の前にはマントを着てフードを被った体格のいい男性が2人、フリージアに背中を向けて立っていた。そして、ウィン公爵は部屋中央のテーブルの前に、崩れた格好で座り込んでいた。
気を失っているのか、動かない。
(な…何が起こっているの…)
目の前のフードの男性らとウィン公爵を交互に見ながら、フリージアは混乱する頭で考える。目の前の男らは、目深に被ったフードのせいで顔は見えず、彼らがどういう意図でここにいるのかも分からない、今のこの状況に、フリージアは自分の至近距離にいる彼らにも怯えていた。
「ひゅっ…ひゅっ…はあっ…」
フリージアは恐怖で息がうまく吸えなくなり、呼吸がうまくできなくなる。
フリージアの呼吸音が聞こえたのか、1人のフードの男が、ゆっくりとフリージアの方へ振り返る。
フリージアは驚き、体をビクッとさせ思わず後退りしたため、また後ろの棚に体が当たり、ガタンと音をさせる。
棚に当たった音が静まると、ヒュウッ、ヒュウッ、という呼吸音だけが目立つ。
「大丈夫だよ、フリージア…私だ」
(えっ…この声…うそ…まさか…)
男性が目深に被ったフードを少し後ろにずらすと、そこには、ここ数日で何回も見た、端正な顔に黒い髪の毛と、やや薄いグレーの瞳があった。
「ファビウスっ…!!」
フリージアは泣きそうな顔で、ファビウスの方へと体を傾けると、ファビウスの方からギュッとフリージアの体を引き寄せ、抱きしめてくれた。
ファビウスに抱きしめられた瞬間、信じられないほどの安心感が、一瞬にしてフリージアの心と体に広がっていく。
「フリージア、落ち着いて、息を吸って、吐いて。私の胸の動きに合わせて」
フリージアは、ファビウスの胸の動きを体中で感じる。いつもと変わらない、いい匂いに分厚い胸元、そして逞ましい腕に抱かれているうちに、フリージアはどんどん気持ちが落ち着いていくのが分かった。
「はぁ…はぁ…ふぅ…ふぅ…ふぅ〜……」
フリージアは徐々に落ち着いてきて、呼吸も普通に戻る。
フリージアは、深く息を吐くと、顔を上げて改めてファビウスを見る。
「落ち着いた?」
「えぇ…でも、どうしてここに…?」
「えっ…あぁ…それは、なんというか…」
「ファビウス様、あまり時間はありません」
もう1人のフードを被った男性が、ファビウスに話しかける。
「分かっている」
ファビウスは、男性の方を振り返った後、フリージアを見つめ、ため息をつく。
「ウィン公爵邸でのフリージアの演奏が気になってね、今日ここに来てしまったんだが、見に行こうか直前まで迷っていたんだ。だが、やはり来て良かった。そうでなければ、君を助けられなかった…」
ファビウスは、フリージアの頬にそっと触れると、眉間にシワを寄せた顔で優しく微笑む。
「う、ううっ…」
うめき声が聞こえ、3人が声のする方を向くと、座り込んでいたウィン公爵の足がピクっと動き出した。
「ファビウス様、姿を見られる前に行きましょう」
フードの男がそう言うと、ファビウスは小さく頷く。
「フリージア、少し失礼するよ」
そう言ってファビウスはフリージアの側に体を屈め、フリージアの背中と脚に手を当てると、グイッと手に力を入れてフリージアの体を軽々と抱き抱える。
「ひゃあっ」
「行くぞ」
フリージアを抱き抱えたファビウスとフードの男は、走って部屋を出て、誰もいない通路を走り抜け建物の中庭に出ると、何本か立っている太い柱の陰で止まる。
フードの男とファビウスは周囲を見回し、近くに誰もいないことを確認する。
「下ろすよ、フリージア」
ファビウスは芝生の生えた地面に膝をつけると、フリージアをゆっくりと下ろす。
「ありがとう、ファビウス。それから、そちらの方も…」
フリージアは、フードを被った男の方を見る。
すると、フードの男は深く頭を下げ、指でフードの先を少しつかみ、上に持ち上げる。
「あっ…あなたは」
その顔には、見覚えがあった。最後に店ファビアスで会った日に、ファビウスを迎えに来ていた制服を着ていた男性だ。
「フリージア、すまないが、私達はもうここから去らなければならない。できることなら、馬車の所まで君を連れていきたいが、事情があってそこまでは行けない」
「大丈夫、ここまで連れてきてくれただけでも充分、本当にありがとう…」
「フリージア…」
フリージアがファビウスに笑顔を向けると、ファビウスは体を優しく抱きしめてくれた。
「明日は、予定通り会えるね」
「うん、もちろん」
ファビウスとフリージアは、互いに抱き合いながら視線を絡め合わせ、じっと見つめ合う。
「フリージア嬢!フリージア嬢!どこですか!?」
フリージアは自分の名前を呼ぶ声にハッとし、ファビウスにくっつきながら、柱の陰からそっと声のした方を見る。
クラウスが走りながら左右に顔を振り、フリージアを必死に探しているようだった。
「クラウス卿だわ」
「あなたを探しているようだ。彼は信用できる存在か?」
「えぇ…、たぶん大丈夫、だと思う…」
「そうか。それなら、今これから1人でここを出て彼の所に行くんだ。それで、彼と一緒に馬車まで戻る、いいね。私たちは彼に会うことは避けたい。すまないが、ここで一旦お別れだ」
「分かったわ、ありがとう」
「さぁ、行って」
ファビウスとフリージアは互いの体に回していた腕を解くと、ファビウスはそっとフリージアの背中を押す。
数歩足を踏み出したところで、フリージアは立ち止まる。振り返って柱の陰にいるファビウスを見ると、ファビウスは優しい眼差しで、小さく頷き、その様は最後まで見ていると伝えているようだった。
フリージアは彼に甘えたい気持ちに溢れ、ファビウスの胸の中に戻りたい気持ちにかられたが、ドレスを両手で握りしめ顔を前に向けると、どうにか足を前へと動かす。
「フリージア嬢!どこにいますか!?フリージ…」
向かってくるフリージアを見つけたクラウスは、慌てて駆け寄る。
「フリージア嬢!探しました…!どこへ行ってしまわれたのかと…!ご無事で良かったです——!」
クラウスは、フリージアの前で両膝に手を当て下を向き、息を吐き大きく肩を動かす。
よほど心配だったのか、上げた顔は眉毛は下がり目はいつものような鋭さは無く、柔らかい表情で安堵した様子だった。
「申し訳ありません…」
「何があったのですか?父上とフリージア嬢が行かれて間もなく、ダリア嬢に様子を見てきて欲しいと言われまして。後を追い部屋に行ったのですが、部屋の中はテーブルが曲がっていますし、父上は床に座って呆然としていますし」
「…それは…」
クラウスの心配している気持ちは分かったが、伝えようにもウィン公爵からされたこと、そして会話の内容、自分の能力のことも、どこからどこまで話せばいいのか分からず、黙りこくるフリージア。
「——すみません、いきなり話しすぎましたね。とりあえず、馬車まで行きましょうか。ダリア嬢も心配して待っていますから」
クラウスは優しい笑みをフリージアに向けると、フリージアに腕を差し出す。
「あの…」
「今は無理して話さなくてもいいですよ」
フリージアは一瞬動揺したが、クラウスの言葉に甘えることにし、彼の腕につかまり、一緒に歩いて行く。
歩いている途中に、チラッと後ろを振り返り、ファビウス達がいた柱の方を見たが、そこにはもう彼らの姿はなかった。
「フリージアあっ!!」
クラウスに連れられたフリージアを見つけたダリアは、自ら馬車の扉を開けると、大きな泣き声でフリージアの名前を叫び、馬車から身を乗り出しフリージアに向けて両腕を広げる。
ダリアの広げる両手のそばにフリージアが行くと、ダリアは涙目でフリージアをギュッと抱きしめる。
「心配したのよ、ウィン公爵と2人で行ったのがやっぱり心配になって、クラウス卿に様子を見に行ってもらったのに、なかなか戻らないから。何かあったのかな、って…」
「ありがとう、ダリア…」
フリージアは目を瞑り、ダリアの手にそっと触れる。
「もう大丈夫だから、早く帰りましょう」
フリージアはダリアの腕を自分の首から離すと、泣いているダリアに向けて微笑む。
「そうね、早く帰りましょ」
ダリアは涙を拭くと、フリージアの腕を引っ張り馬車に上げようとする。
「手伝います。フリージア嬢、お身体を失礼します」
2人の様子を見て慌てたクラウスが、フリージアの腰を両手でつかみ上に持ち上げ、馬車に乗る手伝いをしてくれた。
「クラウス卿、ありがとうございました。失礼しますわ」
ダリアは冷たくそう言うと、御者が扉を閉めた後に、フンと顔を横に向けクラウスかは顔を背ける。
フリージアは、馬車の中からクラウスに軽く会釈をすると、馬車がガタガタと動き出した。
クラウスはフリージアを見て何か言いたそうに手を伸ばしたが、一歩下がると馬車に向かって深々と頭を下げ、馬車が見えなくなるまで顔を上げることはなかった。
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