第六話 嫌悪感の正体
「初太刀が肝心」を胸に挑んだ俺は一回戦、二回戦、と勝ち抜いていった。同時に隼も進んでいき、話す暇などお互いになかった。しかしそれでもあいつの言葉はすごく胸に響いた。面、胴,,,と一つ一つの所作にそいつのことばがこもって、緊張などとっくに消え去っていた。
しかし、アスリートで言うゾーンはそう長くはもたなかった。栄えある準決勝はみなに見られるせいか、やけに緊張した。そんなことを考えていると、
「面一本!」
と相手に一本を取られてしまった。競技者として試合中に考え事とはもってのほかであり、ましてや準決勝で緊張が再び戻るのは恥ずかしかった。当時、自分は焦っていた。考え事をするから取られた。どうしよう。負けてしまうのか。嫌だ。負けたくない。そういった焦りから、俺は目の前が真っ暗になった。
「絶対勝ちたい」
人の気持ちとは面白いもので、一度焦ってしまうと理性があやふやになってしまう。
普段考えていることやルーティンが一瞬で飛んでしまう。そんな風になったときにはもう遅かった。
「ヤメ!!」
と言われているのにも気づかず、俺は”突き”という反則行為を繰り返していた。相手はもちろん、観客やチームメイトが蔑むような眼で俺を見ていた。そう。剣道とはどんなスポーツでもそうであるが、特に礼儀を重んじるものだから、たとえ相手が憎くても、焦っていても一つや二つ、謝罪が絶対なのだ。しかし、自分には当時なぜかできず反則行為を繰り返していた。
試合が終わった後、自分の過ちに気づいた俺は泣いていた。当然、試合は失格。隼の言葉を踏みにじるような結果だった。でも、あいつは泣いている俺を見かねて、近寄ってきていた。しかし、泣いている自分と剣道という道から外れた自分が恥ずかしく思って、体育館から出ていき、顧問のいうことを聞かず家に帰ってしまった。
そこからというもの自分は剣道はできるが、”試合”ができなくなってしまった。帰った俺に隼は
「”どこ行ったんだよ。いきなりいなくなるなよ!”」
というメッセージをスマホに飛ばしてくれていた。今思えばあの時、もし相談が剣道のみんなや顧問や隼にできていれば、何か変わったいたのかもしれない。しかし、できなかった。恥ずかしいという思春期特有の理由で。そこからというもの、あいつとは口を利かなくなってしまった。
「なんとなく、理解できたよ。」
いつのまにか俺は明音さんに話していたらしい。覗けるといわれると自分から言いたくなってしもうのも恥ずかしいからなのだろうか。
「でも、なんだか思ったのと違ったな。何だろう、この違和感。ほかにもないの?剣道に対しての嫌な思い出みたいな。」
「あったとしてそんなずかずか聞ける?デリカシーないだろ。」
「まあ、たしかに。」
「でも確かに,,,。多分剣道じゃなく、大学でもなく、友達と遊んでるとかはしゃいでるみんながうらやましいんです。」
「それだ。それそれ!それがだんだんエスカレートしていたのよ。うらやましいから嫉妬に。嫉妬から嫌悪に。そしてその方向が大学に向いたのよ!」
なんだか気持ちが晴れたような気がした。それさえわかってしまえばと思ったが勇気がなかった。友達を作る勇気が。
「でも、トラウマですし。できないですよ。まず人と話すのが隼だったから好きだっただけで。」
「でも、私とここまで話してるじゃん。しかもたまにタメ口だし。あ!ならわかった。私が友達になってあげる。これでいいでしょ?そして、だんだん紐解いていこうよ。嫌なことがあっても、前を向いていれば私みたいなこんなにいい友達ができるんだからさっ。」
多分、考えもせずこういう答えをぱっと出す人がみんなを幸せにする人なんだろうなと心のどこかで思った。いままでならうらやましいと思ったその性格が、今ではありがとうと思えるようになった。果たしてそれを”成長”と呼べるのだろうか。
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