静かなる変奏──人間という旋律のために

しおん

第一部

まえがき

~詩小説という、ひとつの静かな形式について~


物語には、筋書きのあるものと、

ただ静かに“在る”ものがあると思っています。


この本は、後者に属します。

誰かがどこかへ向かうわけでもなく、

事件が起きるわけでもない。

けれど、心の奥で何かが確かに変わっていく──

そんな、音にならない変化のためのものです。


私はこの形式を、「詩小説」と呼びたいと思いました。


詩小説とは、

物語の骨格を詩の呼吸で包み込むような形式です。

言葉の意味よりも、響きや余白が先に立ち、

登場人物の行動よりも、

その沈黙や願いが物語を進めていきます。


この本に登場するのは、

鳥になった私、

猫になった私、

クラゲになった私、

桜になった私──

そして、何にもなれなかった私です。


それらの“なりたかったものたち”を通して、

私はようやく「人間であること」の輪郭に触れました。

それは不完全で、名もなく、

けれど確かに、ひとつの旋律を奏でていたのです。


この詩小説が、

だれかのなかに眠る“まだ言葉になっていない願い”に

そっと触れることができたなら、

それはきっと、

この本が音楽になったということなのだと思います。


──著者

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