バネにして

小狸・飯島西諺

短編

「辛いことも苦しいこともバネにして頑張っていけ!」

 

「今は辛いかもしれないけれど、きっとそれが報われる日が来る!」


「若いんだから多少の努力、苦痛は耐えて当たり前!」 


 社会人になる時、周りの人々からそんなことを言われて、もうすぐ10年が経過しようとしている。


 一人暮らし先にて、私は暗い部屋の中で、一人ぼうっと天井を見ていた。平日の話である。普通の人間ならば、仕事に従事している時間であるが、私は職に就いていない。初年度の年度替わりの際、うつ病と適応障害、挙句の果てに後に統合失調症と診断されて、辞職した。それから金銭が尽き、生活保護を受給しながら、毎日、生きているのか死んでいるのか分からない生活を繰り返している。


 結果として分かったことがある。

 

 辛いことや苦しいことをバネにして頑張ることができる人間は、頑張るべき時に頑張れる環境におり、またそれだけの体力と精神力を持った一部の恵まれた人間であり。


 辛い日々が報われることは決して来ることはなく、むしろ私の精神は不可逆的なまでに壊れても誰も助けてくれることなく。


 若いんだからと多少の努力、苦痛を耐えることのできる人間はごく僅かであり、私のような初めから壊れているような者は、一般人とのできる、とできない、の差異に苦しみながら、一生傷を引きずって生きるしかない。


 ということである。


 結論としては、あれらの言葉は、全て戯(ざれ)言(ごと)だったということに等しい。


 頑張れ、という言葉。


 今私が一番嫌いで、見たくもない言葉である。


 頑張る、の尺度が明示されていない、具体性を帯びていない言葉だからだ。


 結局いくら一人で頑張ったところで、周囲が頑張ったことを認めてくれなければ、それは頑張ったことにはならないからだ。


 精神疾患となった私は、しばらく両親に、仕事を辞職したことを言えなかった。


 迷惑――というか、自分の子どもが社会不適合者になったことなんて、親は知りたくはないだろう。


 初めて伝えたのは、それこそ貯金が尽きて生活保護を受給しようと思い、市役所に赴いた時のことである。生活保護を受給する際には、家族に通知がいくのだ。


 両親は絶句していた。


 責められると思ったけれど、そんなことはなかった。


 今は休むべき時だ、と言った。


 私の幼少期に、散々機能不全家族を構築していた者たちは、優しく言った。


 今さらのように。


 そして、それから。


 約8年が経過し、私は30代になった。


 一人暮らし生活は続いている。


 未だ親元を離れて生活保護を受給しながら、病院からの薬を飲みながら、私は生きている。生かされている。その意味の分からぬまま。


 私の社会不適合具合は加速する所を知らず、道行く人とすれ違うだけでも大量の発汗をするようになり、迂闊に外出することすら、ままならなくなった。


 しかして、世の中が求めているのは即戦力である。


 健康優良で、何事にもすぐさま臨機応変に対応でき、コミュニケーション能力が高く、察しが良く、人から好かれ、空気を読め、言われたことをすぐに実行できる、そんな人材を、今の世の中は求めている。


 一生、私はそうなることはできない。


 バネにするとか、辛さを乗り越えてとか、苦しさに耐えろとか。


 もうそういうのは、恵まれた奴らだけでやってろよ。


 どうせ世の中は、恵まれた奴らが回していくんだろう?


 初めから幸せな奴らが、勝手に幸せになっていくんだろう?


 そういう仕組みなのだろう?


 だったら、私の居場所なんて、初めから無かったんだ。


 少なくとも今の私は、不幸をバネに、新たな不幸を呼び込むことしかできない。


 そんな私が、生きていて良いのかどうか。


 齢30を超えつつ、そんなことも分からないまま。


 今日も私は。


 見慣れた天井を見て、何もせずに過ごす。




(「バネにして」――了)

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