異世界人が身体から居なくなったので、あとは好きにしようと思う
新嶋紀陽
第1話 そして、異世界人はいなくなる
簡潔に言うと、『男』は失敗した。
「これより、『偽王』の処刑を始める!!」
今にも雨が降ってきそうな曇り空の下、死の宣告が高らかに広場へ響き渡る。
広場の中央には手入れの行き届ている断頭台。しかし、そこに刃はなく、ただ罪人を固定するだけのものであった。
代わりに、その隣には顔を布で隠した処刑人が立っており、その手には剣を持っていた。
その刃はまるで新品そのもの。しかし、漂う空気は禍々しいというある種の矛盾をはらんだ代物であった。
そして、その前に彼―――ネガーフィル国王、『アインシュバルツ・フィルコット・ネガーフィル』は立っている。
いや……より正確には、『アインシュバルツ』になっていた男、と言うべきか。
「『偽王』、ひざまづき、首を出せ」
その言葉に、男は従った。
『偽王』。すなわち、偽物のくせに王を騙ったというのが、男の罪。
全く持って、身に覚えのないことだ。だがしかし、たった一つの、けれど決定的なものによって、その罪は確たるものとされてしまった。
ネガーフィル王族に代々伝わる魔槍。男は、公の場で、それに拒まれてしまったのだ。ネガーフィル王族であれば、拒まれるはずがないというのに。
結果、男は偽物だと断じられてしまったのだ。しかも、長年国民を騙し続けた卑劣な者として。
無論、彼にそんなつもりは毛頭なかった。少なくとも、自分は『アインシュバルツ』その人だと信じていた。
……だが、偽物という点においては、ある意味正しいのかもしれない。
何せ、自分は本来の『アインシュバルツ』ではないのだから。
「……、」
断頭台に固定されながら、男は目の前の光景を見渡す。
そこには、多くの群衆が集まっていた。
しかし、その瞳にあるのは国王に向けるものではない。
失望、憎悪、忌避、そして殺意。
この偽物め、今まで騙しやがって、絶対に許さない……そんな想いが、ひしひしと伝わってくる。
(俺……これでも頑張ったつもり、だったんだけどなぁ……)
自分が『アインシュバルツ』になってから早十年。未来に起きうる悲劇を知っていたがために、できるだけのことをしてきたつもりだった。
この『物語』における最悪の結末。それを回避するために、必死に駆け回ったし、手を尽くした。死ぬはずだった人をたすけ、起こるべき事件を事前に防いだ。それが、本来の歴史とは違うものになると分かっていても、自分にはそれを見過ごすことができなかった。
これは、そのしっぺ返しとでもいうのだろうか。
未来を、歴史を、物語を、自分の都合の良い結末にしようとしたことへの罰。
ああそれとも、世界はこう言いたいのだろうか。
お前は決して何も守れやしない。
何故なら、所詮お前は、倒されるべき存在なのだから、と。
「最期に言い残すことはあるか」
「……、」
無言。それが彼の答え。
全てに『偽物』と呼ばれ、裏切られ、そして見捨てられた者の言葉など、どんなものであろうとただただ空しいだけではないか。
故に何も残さない。言ったところで無駄になるのだから。
「……いいだろう。では、刑を執こ―――がっ!?」
「っ!? 何だ。どうし―――うぐっ!?」
ついに最期の時がやってきたと思った矢先、処刑を宣告しようとした兵士、そして処刑人が苦悶の声を上げた。
見ると、胸にどこからともなく跳んできた矢が突き刺さっている。
一体誰が……そんな疑問を抱いていると、次に目に入ったのは、吹き飛ばされる兵士たち。
処刑場を守る彼らを誰かが次々となぎ倒している光景であった。
「――――どけぇぇぇぇええ!!」
咆哮。まさにそう呼ぶ他ないほどの怒声を上げながら、剣を振るっている者が一人。
短い金髪に返り血を浴びながら、一人、ひとりと切り伏せていく。その身体は華奢と思えるほど細いというのに、人ひとりを簡単に斬り倒してしまう姿は、まさに猛獣。
そして、何より薄緑な瞳は怒りに満ちており、ただひたすらにこちらへと直進していた。
(あれは……ノーラッ!?)
そこにいたのは、ネファーフィル国王親衛隊隊長・ノーランド。
幼い頃、自分を守ると誓ってくれて、そのために男のような名前にまで変え、男装までして今までずっと傍で支えてくれた少女。
偽物の王だと疑惑をかけられても尚、最後の最後まで自分を信じてくれた。
けれど、相手は多くの布石を打っていた。どんなことをしても結末は覆らず、最早『男』は助からない。そう思って、『男』はノーラを置いて、わざと相手に捕まったのだ。そうすれば、少なくとも彼女が犠牲になることはない。
……そう思っていたのに、目の前の少女はまるでそんなもの知るかと言わんばかりに暴れまわっていた。
「ふんっ!!」
最早何人斬ったか分からない。取り押さえようとする者たちに、ノーラは容赦なく自らの刃を叩きつけていった。王宮で褒めたたえられた顔は、血に染まり、身体もまたボロボロ。魔法で強化しているが、それもいつまで持つか分からない。
だが、そんなことはどうでもいい。
自分がやるべきことははっきりしている。
そして、ついに邪魔する兵士がいなくなった。
あとは自らの主の下へと直行しようとしたその時。
「―――そこまでです、ノーランド様」
どこからともなく現れた光の鎖が、ノーラの身体を拘束した。
必死に抜け出そうとするも、しかしノーラは動きそのものを封じられ、一歩も前に踏み出せない有様。
「暴れても無駄です。その魔法の鎖は特別なものですから。流石の貴方でも壊せませんよ」
どこからともなく聞こえてきた声。その内容は正しかった。
ノーラをを縛っている鎖はただの鎖ではない、魔法の鎖だ。しかも、相手の動きを完全に止める最高級の代物である。
ネガーフィルは魔法使いの国。大勢の魔法使いが存在する。そんな中でも、これだけ高等な魔法を使える人間は数えるほど。
そして、この場において、それを使えるであろう人間をノーラは一人知っていた。
ふと目線を上げると、杖を持った一人の長い茶髪の少女が立っている。地面の上ではなく、断頭台の上でもない。空中で浮遊していたのだ。まるで呼吸するかのような、当たり前のような態度で。
その姿を見たとたん、ノーラの怒りが爆発した。
「リリアーナ殿下……!!」
リリアーナ・フィルコット・ネガーフィル。
アインシュバルツの腹違いの妹であり、彼を慕っていた者達の一人であり、そして……アインシュバルツを陥れた元凶であり、張本人であった。
「貴方は来ることは薄々理解していました。他の方々は手を回し、足止めを成功させましたが、貴方だけが行方が分からなかった。故に警戒はしていたのですが……しかし、まさか一人で特攻をしかけてくるとは思いませんでした」
無表情な顔で淡々と言葉を口にする。
かつて……いや、少し前のリリアーナは気弱ではありながら、笑顔を絶やさない優しい少女であった。そして何より兄であるアインシュバルツを心の底から慕っていた。
だが、目の前にいるのはまるで別人である。
「何故だ……何故裏切った!! 彼は貴女の命を救ったというのに……!!」
「それとこれとは話が別。それだけのことですわ。わたくしには、どうしてもやらなければならないことがあるので」
「だから殺すというのか……あれだけ慕っていた兄を!!」
「ええ。無論」
端的に言葉を返すと同時、リリアーナは踵を返し、ノーラの前から離れていく。
その向かう先は処刑場の頂上、即ち、断頭台の下であった。
「リリ……」
「貴方は偽物であっても、王であった者。故に、せめてもの情けとして、王族であるわたくし自らが手を下しましょう」
鉄仮面の表情を一切変えず、彼女は処刑人が落とした剣を手に取った。そして、そのまま首元に刃をつける。
しかし、一方の『男』はというと、逆に落ち着いていた。
ここまで、大切な者に裏切られ、見捨てられ、結果殺されそうになっているにも関わらず、彼の心は憎しみや怒りに囚われていなかった。あるのはただただ悲しみのみ。
だが、それだけではなかった。
ふと、眼下で捕まっている少女を見る。
どうにかして鎖から抜け出すため、身体を動かそうとするもその願いはかなわず、それでも必死なノーラの姿。
(ああ―――こんな俺のために、戦ってくれる人間がいるなんてな)
自分は所詮、凡人。生前も、そして今もそれは変わらない。誰からも愛されることのない、ただの一般人。
そんな……そんな自分にも、命がけで助けようとしてくる人間がいた。
不謹慎ながらも、それがたまらなく、嬉しかったのだ。
(はは……何だ。悪くないじゃないか)
たった一人。けれど、その一人のおかげで、『男』の心は少し救われた。
もう十分だ。
だからこそ、『男』は最後の願いを口にする。
「リリ。最後に一つ、頼みが……」
「心配なさらずとも、ノーランド様の身の保証はわたくしが責任をもって守りましょう」
まるで心を読んだかのような言葉に、『男』は「そうか」を苦笑した。
それだけ聞ければ、後は何の憂いもない。
「では―――さようなら、お兄様」
そうして、振り下ろされた剣と共に、男は二度目の人生の終焉を迎えたのであった。
******
処刑が終わったというのに、人々は未だその場から動こうとしていなかった。未だ、人が殺されるという異常な熱から冷めていないのだろう。
そんな中、リリアーナの下に兵士たちが息を切らしながら集まってきた。
「も、申し訳ございません。リリアーナ様のお手を煩わせてしまい……」
「構いません。あのノーランド様が相手だったのです。カラン将軍やエラーク様がいない今、わたくしが出ないわけにはいかないでしょう」
ノーラ……否、ノーランドは国王の近衛隊隊長を任される程の実力者。その力は人外と言われる程であり、実際の戦闘能力は倒れている兵士を見れば一目瞭然。
「それで……あの者はいかがいたしましょう」
だからこそ、と言うべきか。魔法の鎖によって拘束されているノーランドに対し、誰も近づこうとはしなかった。もしも何かの間違いで鎖から逃れようものなら、即座に殺されてしまう……そう、直感で感じているのだ。
しかし、リリアーナは事務的な口調で言い放つ。
「捕らえて牢に繋ぎなさい。処分はおって決めます」
「し、しかし……」
「安心しなさい。最早、あの方に戦意はありません」
事実、ノーランドは先ほどからぴくりとも動こうとせず、その瞳から光は失われている。
自分が守ると誓った大切な人。そんな人間をたった今、目の前で無残にも殺されてしまったのだ。何もできず、ただ見ていることしかできなかった。非情な現実と無力な自分。それらが怒りよりも勝ってしまっている。
今の彼女は言うならば、ただの抜け殻に過ぎず、脅威でも何でもなかった。
「既に処刑は終わりました。民衆を下がらせ、この場の処理を……」
ばきっ。
リリアーナが指示を出そうとしたその時、後ろから何かが壊れる音がした。
振り返ると同時、彼女の表情は驚愕のものへと変わる。
見ると、そこには粉々に砕けた断頭台があった。
しかしリリアーナが驚いたのはそこではない。
壊れた断頭台を踏み台にしながら、首無しの死体が、二本足で立っているのだ。
その死体が誰の者なのかは、言うまでもないだろう。
「―――そうか。『お前』はいなくなったのだな」
声がした。
それがどこから来たのは、兵士たちは分からなかった。
だが、リリアーナだけはその声が誰の者なのか一瞬にして理解していた。当然だ。何せ、先日……いや、先ほどまでその声を聞いていたのだから。
だからこそ、理解はしたが、認知はしたくなかった。それは違う、あり得ないのだと。
それを証明するために、足元に転がっている『それ』に視線を寄せると―――。
「ならば、後は好きにさせてもらうとしよう」
閉じた瞼を開きながら、生首が口を開いた。
異様な光景に怯える兵士たち。当然だ。いくら魔法使いが多くいる国だとしても、殺したはずの人間が喋ることなどありえず、リリアーナもまた戸惑いを隠せていなかった。
その刹那が全てを分かつ。
次の瞬間、生首は一人でに動き出し、瞬く間に首無し死体の下へと移動し、本来あるべき位置に戻っていった。
気味の悪い光景……などという言葉では済まされない。殺したはずの人間が蘇った。その事実に、兵士たちの恐怖はさらに高まってしまう。
そんな中、リリアーナは杖を突き出した。
「……答えなさい。貴方は一体、誰ですの?」
今まで表情を一切変えなかった少女が、初めて敵意をむき出しにしながらの奇妙な問い。それはまるで、目の前の男が、先ほどまでと別人であるかのような言い草。
いや、ような、ではない。リリアーナは理解していた。
その言動、そして身から纏う空気。それらが言っている。これは別人なんだ、と。
そして。
「我が名はアインシュバルツ・フィルコット・ネガーフィル。先王、ゼロス・フィルコット・ネガーフィルの息子にして、ネガーフィル国の正当な国王である」
こうして、『本物』のアインシュバルツは現世へ戻ってきたことを高らかに宣言したのであった。
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初めまして、もしくはお久しぶりです。
新嶋です。
今回は異世界転生した現代人が主人公……ではなく、その身体の持ち主である現地人が主役です。
この作品案外いいかも、と思った方は、気が向いたらでいいので、感想・★評価・フォローの方、何卒、よろしくお願い致します!
特に感想は作者のエネルギーになるので、是非!
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