第21話 魔法のデートプラン


 食堂での一件以来、ネアとは会っていない。

すれ違いそうになるも声をかける前に彼女は尋常じゃない素早さで去っていってしまう。


(謝らないとな……)



俺はとあるプランと共に彼女がいるであろう部室を訪れた。


意を決して壁の窪みを叩くと、やがて扉が軋みながら開いた。


「……何の用?」


中から現れたネアは、俺の顔を見るなり全身で警戒心を露わにする。ふわふわの尻尾は力なく垂れ下がり、獣耳も少しだけ伏せられていた。


「ネア、この前は悪かった」


俺は真っ直ぐに彼女の目を見て謝罪をする。


「ネアが話してくれたこと、ちゃんと聞いていたはずなのに俺は何も分かっていなかった。ネアを『フェンリルの子孫』としか見ていなかったんだ。ネアが一番嫌な見方で君を見て傷つけた。本当に悪いと思っている」


彼女は何も言わず、ただ俺を見つめていた。

その美しいオッドアイの瞳が、俺の言葉の真偽を確かめるように静かに揺れる。


「……どうして?どうして今更、謝りに来たの?」


ようやく絞り出したような声だった。


「あんたも他の奴らと一緒なんでしょ。私の血が、フェンリルの力が欲しいだけなんでしょ?」


「違う」俺は即座に否定した。が正直なところ、フェンリルの力が見たいと思っている。

俺はそれを顔に一切出さず


「違ったんだ。俺はただ、ネアが使う未知の魔法が見たいっていう好奇心に駆られてネアの気持ちを全く考えなかった。ネアがどれだけそのことで苦しんできたか打ち明けてくれたのに」


俺は少し彼女に近づき、彼女の目を見ながら続ける。


「ネアが去っていったのを見て、初めて自分がどれだけ浅はかで残酷だったか分かったんだ。最低なのは俺の方だ」


沈黙が痛いほどに響く。

やがて、ネアは大きなため息を一つ吐いた。


「……ばか。本当に、大馬鹿」


彼女はそっぽを向きながらも、その耳がほんの少しだけ上を向くのが見えた。


「……分かった。あんたの謝罪、一応は受け取ってあげる。でも、口だけなら何とでも言えるからね」

「だからもう一度だけチャンスが欲しい」


俺は続けた。


「ネアの魔法とか、血筋とか、そういうのは全部関係ない。ただ、ネアと話がしたい。俺と……デートしてくれないか?」

「……今回つまらなかったら、もう二度と口利かないから」

「ああ、約束する」

「それと、お詫びなんだから、全部あんたの奢りだからね!」

「もちろん、分かってる」


その強気な言葉の裏に安堵が滲んでいるのを感じて、俺もようやく息をすることができた。


これ以上、ヘマはしないさ。




約束の日、俺たちは学院から少し離れた港があるレイバン街で待ち合わせた。


「それで?私をがっかりさせない、最高のデートプランとやらはあるんでしょうね?」


腕を組んで俺を覗き込むネアはいつもの調子を取り戻しているようだった。

それに港に合うような涼しげな服装で着ていた。薄着だとは思うのだが彼女が着ていると羽衣のように見えてくる。


「もちろん。ついておいで」


俺が彼女を連れて行ったのは最近学生たちの間で評判のクレープ屋だった。甘い匂いが立ち込める店先で、二人で真剣にメニューを眺める。


「うわ、全部美味しそう……迷う……」

「俺はチョコバナナにする。ネアは?」

「んー……じゃあ、これ!季節のフルーツ全部乗せスペシャル!」


受け取ったクレープを頬張る彼女は本当に幸せそうな顔をしていた。口の端にクリームがついているのも気にせず、夢中で食べている。


「そんなに見ないでよ。食べづらいでしょ」


俺の視線に気づいた彼女が頬を少し赤らめて言う。


「悪い。あまりに美味しそうに食べるから」


俺は自分のクレープにかじりついた。

彼女の爪はとある指を除いて色が塗られていた。



次に俺たちが向かったのは大通りから少し外れた路地裏にある古びた骨董品店だった。

埃っぽい店内にはガラクタにしか見えないものが所狭しと並んでいる。


「何ここ?変な匂いする」

「面白いものがあるんだ」


店の奥に進むと様々な形のオルゴールが並んだ棚があった。ネアは目を輝かせ、一つ一つ手に取ってネジを巻いていく。


澄んだ音色が次々と店の空気を満たしていく。


「綺麗……。この曲、知らないな」


彼女が手に取った木製のオルゴールはどこか物悲しくも美しいメロディを奏でていた。


「ああ、古い聖歌だ。今はもうほとんど歌われていないらしい」

「詳しいの?」

「昔、本で読んだだけだ」


二人でしばらくその音色に耳を澄ませた。

彼女の横顔は真剣で、その瞳は純粋な感動にきらめいていた。



店を出ると、街は祭りの前の活気に満ちていた。

どうやら大漁を願う祭りらしい。

至る所に魚の形を彩ったランプが飾られている。

さらには射的や輪投げの露店が並び、学生たちの楽しそうな声が響いている。


「あれ、やってみないか?」


俺が指さしたのは大きなぬいぐるみが景品として積まれた輪投げの店だった。


「どうせアルフなら無理でしょ」

「やってみないと分からないだろ」


案の定、俺の投げた輪は明後日の方向に飛んでいくだけだった。ネアは腹を抱えて笑っている。


「へたくそー!」

「うるさい。じゃあネアがやってみろよ」

「いいよ、見てなさい!」


彼女は深呼吸するとアイドルとしての集中力を見せた。しなやかに腕が振られ、投げられた輪は綺麗な放物線を描いて見事景品の狼のぬいぐるみの首にかかった。


「やった!見て見て、アルフ!取れた!」


子供のようにはしゃぐ彼女に、店主のおじさんが苦笑しながらぬいぐるみを渡す。


「すごいなネア。本当に何でもできるんだな」

「当然でしょ!私を誰だと思ってるの!」


彼女は誇らしげに狼のぬいぐるみを抱きしめた。その笑顔は今まで見た中で一番輝いて見えた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る