第17話 賽の目は奇数のままに


 俺の得意な魔法は何だろうか。


火についての魔法は一度、詠唱できてしまえば流れになってミスすることなくできてしまう。

水についての魔法は、繊細だがリズムを崩さなければミスをすることはない。

その他はあまり使わないから得意とは言えないだろう。


じゃあなにが得意なのか。

俺と一体化してるまでと言えるのは……。



「ここか?」


彼の声で気がつけば目的地にまで辿り着いていた。馴染みがあり、ベルフとも出会った場所。

グリスウッドの洞窟だ。


「ああ。ここにいるゴーレムのゴレスウッドを指標にして俺の魔法を見せてやろうって思ってな」

「あんなもので満足なのか?」

「近くにいるモンスターの中で一番頑丈なのがこいつなんだよ。それに見たら分かるさ。俺のことは」


またあそこで呼び起こそうか。

来てくれたのならあの場所が良い。

広く見晴らしがよく___俺の秘密がバレなさそうだ。


彼を連れて例の場所まで来ると俺はベルフがやったように、壁に手をつけると、拳で殴り始める。


拳が当たるたびに小さな石がぽろぽろと壁から崩れ始めると下の方からヒビが生まれ始める。


この流れは前回と同じだ。

今回はどう出るか?


静まり返っている。

まだ生まれてきていないのだろうか。


「来ただけ無駄だったか」


彼は帰ろうとしたとき、地面が微かさに揺れる。

小さい個体が、いや違う。


これはかなり下から来ている。


予想通り振動は時間が経つに連れて大きくなっていく。そして足がふらつき始めた頃に、そいつは正体を表した。


天井ギリギリまで届くその個体は前回相対した奴より2倍ほど大きい。こんな化け物が潜んでるとはな。


「珍しい大きさだな」


彼もそう答えた。


「ここまで大きいのは見たことがあるか?」

「いや、ないな。両方の腕があそこまで膨れているのも異常だ。あれはきっとここの"主"って言うやつだろうな」


それで良い。インパクトがあればあるだけそれを超えた俺は目立つ。


「あんた、俺がこいつを倒せると思うか?」

「あそこまで豪語したんだろ。それならいけるんじゃないか」


ギリギリ?笑えてくる。


「一回で倒してやるよ。それで良いか?」

「一回で?倒せなかったらどうする」

「死んでも良いさ」

「お前の命など興味ない」

「命賭けれるほどの自信があるってだけだ」


俺は徐に腰につけていた杖を取り出す。


「悪いが俺がお前を信用していないのはそれだ。魔導書を持たずに出来るのか?」

「腕は一本しかないからな」

「魔導書なしで高次元の魔法を唱えるとなると天才的なセンスと超人的な計算能力、そして魔力が必要になる。お前にこれらがあるのか?」

「無かったらここに立ってねぇよ」


俺は杖の先をそいつに向ける。


「そんな人材は学生なんて辞めればいい。魔法教会で働くべきだな」


横でぺちゃくちゃうるさい野郎だな。


「ああ。だから席は空けておけ。永久にな」

「大人を揶揄からかうのも大概にしろ」

「お前も俺を甘く見過ぎだ。俺はお前らが信じれないほどのセンスや魔力を持っている。そしてお前の息子より努力をしている」

「生憎だが俺には息子がいない」

「いるも、いないも関係ないさ。どっちにしろ俺の方が努力しているからな」


分かっている。俺にとって必要な魔法。

得意なんかじゃない。ただ"同じ"なんだ。

言葉に表せない。だけど俺にはあれが俺なんだ。


深く深呼吸する。

そして詠唱を始める。今回は声に出してやろう。

あいつが出来る奴なら何をしようとしているのか、分かるはずだ。


「……どこでその魔法を」


あのジジイの秘蔵コレクションから盗み見た。

これも何百回と練習した。

どんなに成功しても辞めなかった。



失敗が怖いから?

違う。ただ魔法が好きなだけだ。



「深淵から彷徨い、風、水、火、この世の万物に永久を与えんと契約し、それらを飲み込みたまえ。これらに生を与えるのではなく、無からの」


この魔法の詠唱には時間を費やす。

目の前にいるあいつはとっくのとうに俺に敵対している。


「馬鹿が。その魔法を唱えていたら潰されるぞ」


彼の言う通り奴の右腕、巨大な岩石はおおよそ人5人分先まで迫ってきていた。


「死にたいのか?なら俺の前でやるんじゃない」


彼は何かを唱えようとしている。

邪魔はさせない。


奴の右腕が天高く上がり、真下にいる俺はそれが落ちてくれば終わりだ。今更逃げたところであの岩の大きさでは間に合わないだろう。


魔法の詠唱も間に合いそうにない。



それはだ。


神から奪った力、久々に使ってみよう。

人は俺みたいに神の力を持つものを『セラフィム』という。

魔法とは違う個々に与えられる幻想的な力。

唯一無二の力。


目が真っ赤に燃え上がる。

そして神のサインである紋章が書かれたお腹のあたりが熱くなっていく。


俺は神の力を使った___________



次の瞬間には、杖の前に巨人族の手ほどの大きさであり、深淵に包まれた悪魔の手が姿を現した。


それがあるだけで周囲は吸い込まれていく。

下にある砂利はもちろん、壁に埋もれていた岩石までもがこちらへ来ようとしている。


「馬鹿な、まだ詠唱は半分ぐらいのはずでは」


間抜けな声が後ろから聞こえてくる。


言っただろ。俺なら出来る。

だが奴の右腕の近さを見るにあんまりもたもたしてられない。


この魔法は重たい部類に分けられる。

故に体の全身から来る魔力を杖の右側から全体に伝わるように。

そしてこの魔法を唱えるときの杖の角度は少し下げて。それに指の先端に魔力が籠るように。


準備は整った。

全てが完璧だ。



「深淵よ。その手で飲み込め。『見えざる手ザナリーク』」


その手はゴレスウッドの体を目掛けて飛び掛かるように素早くまとわりつく。


「ゴオオオオオオオオオオオオ」


体にまとわりついた手は五本指でそれを握りしめると音も、跡形もなく食いちぎる。

食いちぎるという表現が正しいのか分からない。

だが虫食いのように握られた箇所が消えていくのだ。


残ったのは奴の四肢だけ。

右腕は上から落ちては地面にぶつかり砂埃すなぼこりと共に粉々になっていく。そして小石が俺の足元までやってきた。


「何をした」


砂埃の中、彼はゆっくりとやって来た。


「自己紹介はもう良いか?」

「いやまだだ。お前は何をした」

「しつこいな。良いだろう。言わなくても」


彼は初めて俺に口角を上げた姿を見せる。


「それは困るな。これから仕事を任せるんだから」


彼は腕を伸ばし、握手を求める。


「確かに実力と秘密はありそうだな。良いだろう。お前を試してみよう」


差し出された彼の手を取り応える。


「試すのはお前らじゃない。俺の方だ。将来の職場に相応しいかどうかをな」










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る