第14話 そこは空っぽ
クレアは浴槽の中で頭を抱えていた。
彼女の悩みは止まることがなく、精神が安定することはない。
それも全て姉のせいだ。
彼女は浴槽から出ると体を綺麗に拭くことなく、少し濡れた髪を揺らしながら部屋を歩き回る。
「なんでって……楽しいから?」
姉の声と彼女の血に塗れた笑顔が脳裏に浮かぶ。
「出てくるな!」
彼女は机の上にあったコップを壁に投げつける。
割れた破片は彼女の足元で散らばり、全てに反射して彼女の顔が映る。
彼女はそれらを片付ける気力が湧くはずもなく床にへたり込んでしまう。
そして頭を掻きむしる。
「どうして、どうして、どうして」
それしか今は出なかった。
ドアをノックする音と共に目を覚ます。
「クレアちゃん?大丈夫?」
その声は仲の良い友達であるアイサの声だった。
彼女と被っている授業は多く、ご飯を共にすることも多い。悩みだって何だって相談できるほどの仲だ。
だけど今は関わりたくない。
誰もが嫌い。来るな。私のところに来るな。
「最近授業来てないから心配になっちゃって……体調でも崩しちゃった?何か必要なものがあれば私が」
「良いから!大丈夫だから!」
「え、でも」
「お願いだから私を一人にしてよ」
私は思わず壁を拳いっぱい叩きつけてしまう。
「……ごめんね」
壁越しの足音が遠ざかっていく。
彼女はどんな顔をしているのか私には分からない。
私自身のことも私には分からない。
私は何がしたいのだろう。私は何をすれば良いのだろう。私はどうやって。
姉さえいなければ姉さえいなければ。
姉が消えれば私は幸せになれるんだ。
私は自由なんだ。
私に要らないのは姉だけなのに。
気がつけば私はナイフを取り出し、枕を何度も刺していた。知らない毛がそこら中を回って私を囲っている。
こんなことしたって何も良くならない。
気持ち良くもならない。
姉は消えない。
何もかも考えるのをやめて倒れる。
すると涙が自然と溢れ始める。
何も考えていないのに涙が出る。
気持ちが悪い。私は無なのに。
水の音が聞こえる。
私以外にこの部屋には誰もいないはずなのに。
目を覚ますとベットの上にいた。
裸だったはずなのに服も着ている。
そして手元にあったナイフはどこに行ってしまったのか。
「なんでそんなに気が狂ってんだよ。恋人と別れたのか?」
その声は懐かしい声だった。
もう切れた関係のはずなのにどうして今、聞いているのだろうか。
楽しい思い出と悲しい思い出、両方を思い起こす声だ。
「どうして貴方がいるのよ。ベルフ」
彼は勝手に私のコップで水を飲みながら
「あいつにお前がおかしいって言われたんだよ。だから来てやっただけだ」
あいつとはおそらくアイサのことだろう。
「『来てやった?』貴方の頭は小説の中にあるのね。終わった人物がピンチになって助けてもう一度。そんな馬鹿なこと考えてるの?」
「どうしたんだよ。そんなイラついて」
彼は私に近づくとベットに腰を下ろす。
「心配だから来てやっただけだろ?」
「要らないわ。もう二度と私に近づいて欲しくない。それにどうやって扉を開けたの」
「普通に鍵がかかってなかった。不用心だからボディーガードがいるかと思ってな」
「そんなくだらない冗談は聞きたくない。私は貴方が嫌いだし、私のことを貴方の目に映したくない」
私は彼を睨みつける。
「分かった。俺はここで退場するよ」
彼はため息をつきながら寝室から出ていく。と思われたが彼は扉を前にして
「なぁ、あれは誤解なんだよ」
「何が誤解?私のことを彼女だと思ってたこと?」
「いつでも待ってるから」
「待つだけ無駄よ。私はもう貴方のことを考えてない。言ったはずよ。『さようなら』って」
「じゃあまた『よろしく』って言うよ」
この男は私をイラつかせる天才だ。
こいつも消えろ。要らない。私に。
私に要らない。
私は彼に近づき首を絞める。
「これ以上ふざけたこと言ったら殺すから」
怒りを込めて、爪を立てて首を絞める。
彼は降参したように手を上に上げる。
手を離すとそこから血が少し出ていた。
彼は何も言わず部屋から出ていった。
静まり返る部屋に残されたのは何もない。
もうそこは空っぽなんだ。
ベルフは部屋を出ると男性寮に向かって歩いていった。道中、少し脇道をしてお酒を買い、とある人物の部屋を目指していた。
そして着くと彼はノックをする。
中から出てきたのは最近知り合ったばかりのアルフだった。
「一杯どうだ?付き合ってくれよ」
「良いぞ。何かあるか探してみる」
部屋に入ると彼は何種類かの食べ物とグラスを二つ持ってきた。
「どうしたんだよ。その首の傷」
「これか?これは……俺のせいだな」
「……ほどほどにしておけよ」
彼はそういうとグラスにお酒を注ぎ、俺に渡してくる。
「先飲めよ。何か言いたいことがあるんだろ?」
「馬鹿言え。俺は酒がなくたって何でも言えるさ」
彼は注がれた愛を一気に飲み干す。
底はすぐに空っぽになった。
「俺はただ、あんたと話したいだけだ」
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