第21話 激闘のカーチェイス / 中型強盗、リザルト

「……そう来ないと、ね」


 俺が捕まったら全てが台無し。奪ったお金が無くなるだけでなく、処罰として留置所で罰金を取られることになる。

 今一文無しの俺たちは、ここで捕まるわけにはいかない。


 ……コンビニ強盗時よりも数倍ほど強い緊張感が、体を襲う。


「よし……」


 周囲の景色とミニマップを確認しながら、曲がり角の多いルートを選択。加速と減速を繰り返しながら、荒れ果てた砂漠の中で車を走らせる。

 コンビニ強盗で学んだことを活かせてはいる……が。


 パトカーとの距離がどんどん詰まっているのが分かった。


 背筋を冷たい汗が伝う。どうやらあのパトカーの運転手は俺よりもカーチェイスが上手いみたいだ。


「……まずいよね、これ」


 このままじゃ追いつかれる。間隔はどんどん狭まるばかり。それでも諦めずに逃げ続ける。


 なんとかアジトまであと4、5分ほどのところまで到達。

 しかし、都市部に入ったところで。


 一度目の体当たりをもらってしまった。


「くっ……」


 車体が左右に揺れて減速してしまう。だけど横転はしていないため、まだ走り続けることはできそうだ。そして、不幸中の幸いか、パトカーは勢い余って車道沿いのガードレールにぶつかっていた。


「まだいける」


 熱くなった指先でWキーを強く押し込み、すぐに再出発。少しだけだがパトカーから離れることに成功した。


「このままいけば逃げ切れるはず……」


 と、少し余裕を感じてしまったのが悪かったのか。それとも、体当たりを食らったときに方向感覚が狂ったせいなのか。


 俺は、車線を逆走していた。


「まっずい……っ」


 気付いた時にはもう遅い。NPCが操作しているであろう対向車を避けることに失敗し、思いっきり正面衝突をしてしまった。


「ぐっ……」


 とてつもない衝撃音が鳴り響く。車が無事であるはずもなく、もう動かなくなってしまった。


「くっそ……こうなったら別の車を使うしか……」


 急いでキャラを降車させ、すぐそばを通りがかった車に銃を向けて奪おうとする。


 が、そんな悠長なことが許されるだろうか? 無防備な強盗犯を無視する警察だろうか?


 当然、答えはノー。


 ……銃声が、鳴り響いた。


「ちき、しょう……」


 頭を撃ち抜かれた俺のキャラは死亡。地面に倒れ込んだ。


 たった一つ、だけど致命的なミスを犯した。それが敗因。


「はあ……」


 思わずため息が出てしまう。逃げられそうに思えただけに悔しい。


 ……でも求めていた緊張感は十分に味わえた。また挑戦させてもらいたい。


 そう思っていると、警察のキャラが俺の方へ近づいてきた。


「ナイだったのか。お疲れ」

「……七瀬」


 俺を追跡していたのは七瀬だったみたいだ。変わらずクールな雰囲気を感じる。


「NPCに足止めされるなんて、運が悪かったな」

「……七瀬の方が上手かっただけだよ」

「実際はそうでもないぞ? さっきはガードレールにぶつけちまったし」

「それ以外は完全に負けてたよ」


 そもそもパトカーとの距離を広げることができなかった。その時点で完敗だ。


「お前がそう言うならそうなのかもな。……さ、忘れる前に金を没収しないと」

「あー、マジかー……」


 アイテムを奪われました、という表示が画面中央に出る。


 この後は留置所まで連れていかれて罰金を食らう。……所持金的に借金を背負うことになるだろうなあ。この先しばらくは新しく買い物をすることができなくなっちゃうな。


 はあ、と再度ため息をつきそうになった。そんなところで。


 甲高いサイレンの音が聞こえてきた。


「パトカー……じゃなさそう?」

「これは救急車のサイレンの音だな。……ったく、救急隊は来ちゃいけないのに」


 救急隊はただの公務員。警察サイドではあるけれど、強盗に介入することはできない。


「なんで来たんだろ……」

「倒されたやつらを治療して金を巻き上げたいんだよ」


 蘇生をすると金銭を請求することができる。確かそういうシステムだったっけ。なら嬉々として強盗現場に現れる救急隊がいても不思議じゃないか。


 ……こんなこと考えても仕方ないか。救急隊が来ても俺に得は無いんだ。だって救急隊は警察の味方なのだから。


 サイレンの音が大きくなってくると、近づいてくる救急車の姿が見えた。


「いったん説教だな。ナイは少し待っておいてくれ」

「分かった」


 七瀬のキャラが車道の真ん中に立つ。それを確認したであろう救急車の運転手は、当然ブレーキを踏む――


 ――はずなのだけれど。


 全く減速するそぶりを見せない。


「は?」


 七瀬がそう声を漏らした時には、もう衝突を避けられない位置まで救急車は接近していた。


「待て待て待――」


 次の瞬間、車にはねられた七瀬のキャラは宙を舞っていた。空中を何回転もして地面に激突。どう考えても間違いなく死んでいる。


「ど、どういうこと……?」


 意味不明過ぎる状況に困惑していると、救急車は俺のキャラの近くで停車した。


「うひゃひゃひゃひゃ! やっぱ誰かを車で吹き飛ばすんは最高やなあ!」


 運転手が降車する。……この関西弁と汚い笑い声は、どう考えてもあの人だ。


「アセラさん……」

「あらあらナイ君奇遇やねここで会ったのも何かの縁やしギャングに入れてくれたら助けてあげてもええけど」

「めちゃくちゃスラスラ早口で言うじゃないですか。絶対に奇遇じゃないでしょ」


 救急車に乗るという偽装工作をしているんだ。どう考えても準備をしてきている。ここで恩を売ってギャングに入らせてもらうとか、そういうことを狙っているとしか思えない。


 ……まあ、別に全然いいんだけどね。


「じゃあそれでいいですよ。とにかく助けてください」

「せやなあ! そうするしかないやんなあ!」


 さっき会った時とは声音が全く違う。かなりウキウキだ。


「とりあえず、ここからは離れましょう。警察の増援が来るかもしれないんで」

「よし! はよ安全なとこに行こ!」

「俺たちのアジトに案内しますよ」


 アセラさんのキャラが俺のキャラを担いで救急車の助手席に投げ込み、運転席へと戻る。


 そしてここから去ろうとしたところで、七瀬の声が聞こえてきた。


「待てよ、アセラさん……よくも騙し打ちみたいなことを……」

「騙される方が悪いんよ? これから気を付けることやなあ! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」 


 より一層汚い笑い声を残して、アセラさんと俺のキャラは現場を去った。……大金を得ることには失敗したけど、俺が借金を背負うことは回避できた。


 そして、これが大事なことだが、アセラさんが仲間になった。……救急隊は警察側の人間。そのシステムを利用して、油断していた七瀬を車でロードキル。そんなずる賢さを持つ人材は、ギャングにいてくれた方がいいだろう。


 やっぱり、ギャングの4人目として必要だ。後でアイラを説得しないといけないけど……どうにかなるでしょ。うん。

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