第3話 運命の……出会い?

「その、えと、ごめんなさい……」

「いや、別にいいんだけどさ。で……名前は?」


 ここで言わせていただきたい。俺は普通に答えようとした。だが、普段からあまり人と喋っていなかったせいか、ほんの少してんぱってしまった。ただそれだけなのだ。


「え、う、あ、ハジメ・ナイ、です」

「コミュ症の典型例みたいな反応だな」

「は? コミュ症じゃないですけど? 失礼じゃないですか?」

「キレるのが早いし、キレてる時は普通に喋れるんだな……」


 俺はコミュ症ではない。絶対にそうじゃない。だって俺は大学生のころ友人が(以下略)。


「よいしょっと」


 俺が怒っていることはあまり気にせずに、その男性キャラは俺のキャラの体を担ぎ上げて走り始めた。


「え、どこに連れていく気ですか?」

「もちろん安全なところだ。あの化け物から離れないと」


 後方ではまだ悲鳴が聞こえている。気付かれないうちにこの場から去った方が良さそうだ。


「それと、オレには敬語はいらない。普通に話してくれ」

「え……いいんですか?」

「問題ない。畏まった会話があんま好きじゃないんだ」


 なるほど。そういうことならタメで話させてもらおう。


「分かった。……そういえば、名前は?」

七瀬ななせだ」


 七瀬、という名前には聞き覚えがある。かなり有名な歌い手だ。作詞作曲も行っていたはず。どうやらゲーム配信もしているみたいだ。


 ……話していてクールな印象を覚えたのだが、それは恐らく、七瀬の声がめちゃくちゃ良いからだろう。


 低いイケボ。声だけで人を惚れさせることができるレベルだ。男の俺でさえ鼓膜がキュンキュンしている。


 鼓膜で恋する、鼓膜恋愛……そんなのがあってもいい気がしてきた。


「よし、ここで蘇生するか」


 路地裏に入ると、七瀬のキャラは俺のキャラを地面に下ろし、救急バッグを取り出していた。……どこから取り出したか、と言えば虚空からだ。ゲームだし、別に違和感はない。


 七瀬のキャラは様々な医療器具をバッグから取り出しては色々と処置をしてくれていた。


「ダメージを受けると出血状態がデバフとして付くことがある。時間経過でHPがどんどん減っていくから気を付けろ」

「あ、はい」


 はい、と答えたけど、七瀬が教えてくれたことはあまり理解できなかった。デバフ? なにそれ、トルコ料理? ってそれはケバブだったか……。 


 ……これは俺の心の内だけに秘めておこう。口に出してしまえば、あまりのくだらなさに七瀬に見捨てられてしまうかもしれない。 


「そろそろ回復が終わるぞ」

「オッケー。……救急隊、なんだね」

「そうだ。……まあ違うとも言えるが」

「え?」

「蘇生完了だ」


 俺のキャラは生き返ると、何事もなかったかのようにすぐに立ち上がった。リハビリなどいらない。轢かれる前と同じように走ることができる。ゲームだからそんなこともあるだろう。


「助けてくれてありがと」

「じゃあ付いてこい」

「はい分かりました……とはならないでしょ。あまりにも唐突過ぎない?」


 こちらからすれば誘拐犯にしか見えない。何か悪いことを企んでいるんじゃないのか。そう思ったが、そんな必要は無かったみたいだ。


「安心しろ。オレはギャングのサポート役だ」


 すごい偶然。運命の出会い、ってやつかも。七瀬は俺が探していた人物だった。


 ……そんな人にしちゃいけない態度を取った気がする。まずい。

 でも七瀬は別に気にしてなさそうだし……。


 うん。


 大丈夫か。


 よし。


「オレは昔にこのゲームをかなりやり込んだことがあってな。それでサポート役を任されたんだ」

「そうなんだ……ってことは、俺をサポートしてくれるってことでいいの?」

「もちろんだ」


 その言葉を聞いて、素直に喜びたいところ。


 だけど、一つ疑問が生まれてくる。


「俺がギャングをやるって、なんで知ってるの?」


 この問いかけに対し、七瀬は堂々と答えた。


「勘だが」


「ええ……気持ち悪っ」

「おい言いすぎだろ」


 しまった。癖の独り言が。


「なんだ、オレに不満でもあるのか」

「いやいや全然ない。もはや尊敬してるまである。最高。かっこいい。傾国の美男子」


 七瀬はサポート役。俺からすれば先生みたいな存在だ。できるだけ失礼なことは言わないようにしないと。


 ……でも勘だけで当ててくるのは流石にキモイって。


「まあいい。とりあえず付いてこい」

「分かった」


 どこに連れていかれるのかは分からないけど、たぶんちゃんと説明してくれるのだろう。


 七瀬のキャラの後に続くこと、十数秒。


「この車に乗ってくれ」

「オッケー……いやいやいやいや」


 乗れと言われた車はパトカーだった。あなた救急隊でしたよね? 救急車じゃないの? 盗んできたの?


 ていうか、ギャングとそのサポート役がパトカーに乗るというのも、ねえ。


「乗っちゃダメじゃない?」

「ん? 何か問題があるのか?」

「ええ……」


 気付いていないのか、それともとぼけているだけなのか。正直、どっちともつかない。


 ……実は、それには明確な理由がある。


 ゲーム内の会話というのは、相手の声しか分からないのだ。


 対面での会話だったら表情や仕草が分かるから、それで相手の考えや気持ちが伝わってくる。


 でも声だけだと、そういうのは伝わりづらくなる気がする。実際、七瀬の考えていることが全く分からないのだ。

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