第4話 クロウ銀行創設と信用貨幣の夜明け
「……兄様。銀行って、本当に……作れるんですの?」
ライナは戸惑っていた。当然だ。この世界には“貨幣”は存在しているが、“銀行”という近代的な金融機関はまだほとんど存在していない。
あったとしても、それは王都にあるごく少数の大商会が兼業している貸金業のようなものにすぎなかった。
だが、俺の目的はそれではない。
本物の銀行――預金、貸出、信用創造が可能な金融機関を、この異世界に誕生させる。
それは、単なる事業ではなく経済構造そのものを変える革命だった。
◆
「フィオナ。王都で登記されている“貨幣鋳造権”と“商業銀行業”の法令を調査してくれ。」
「かしこまりました、坊ちゃま。」
「ライナ、お前は王都の証文屋から“手形”の仕組みを学んでおいてくれ。俺たちの銀行は、手形をベースに信用創造をする。」
「……手形?」
「そうだ。現金がなければ、“信用”を動かす。」
◆
異世界の通貨制度は、銀貨と金貨を基軸とした重量通貨制度である。
つまり、貨幣そのものに価値があり、取引は現物による決済が基本だった。
だがそれゆえに、流通には限界がある。
都市と都市の間で1,000ゴールドを運ぶだけでも盗賊に襲われるリスクがある。
大量取引に現金は向かない――そこに俺は目をつけた。
「我々の銀行は、“預かり証(預金証書)”と“手形”を発行する。」
「それは……金貨の代わりになる、ということですの?」
「正確には、“金貨と交換できる信用の証明書”だ。」
この預金証書を流通させれば、金貨を動かさずに取引ができる。
紙一枚で100ゴールド、1,000ゴールドの価値が移動する。
その瞬間、我々は“貨幣を創り出す存在”になる。
◆
俺はまず、小規模な試験運用を始めた。
「クロウ銀行は、“預けた金額の90%を貸し出す”ことができる。残りの10%だけ現金で保有すればいい。」
ライナが目を丸くした。
「そ、それって……本当にそんなことして大丈夫なんですの?」
「“預金者全員が一度に引き出しに来る”ことは、基本的に起きない。これは現代の銀行でもやっている“部分準備制度”だ。」
預金残高が1000ゴールドあったとして、そのうち900ゴールドを貸し出せば、実際には市場に1,900ゴールドが流通することになる。
これはすなわち、**“信用創造”**である。
「我々の手で、貨幣の供給量を増やす。」
「兄様……それは……魔法では……?」
ライナの声は震えていた。だが、これは魔法ではない。
これは、資本主義が持つ“錬金術”だ。
◆
数週間後、クロウ銀行は正式に営業を開始した。
預金者には利息をつける(年利2%)
貸出金には利率を設定する(年利7〜10%)
商人たちには、取引信用枠を与え、手形での決済を許可
初期の預金はわずか300ゴールドだったが、わずか1ヶ月で1,200ゴールドの貸出を実行できた。
「坊ちゃま!西市場の中堅商人たちが、手形で取引しはじめました!」
「その手形はすでに、他の商人に“通貨”として受け取られております!」
つまり、もう俺たちの紙の手形が通貨の代替となっているのだ。
「……信用は、現金よりも強い。」
クロウ銀行の発行した手形は、徐々に市場に浸透し始めていた。
だが、変化を嫌う者たちもいる。
◆
「バルド商会の資金回収が進まず、南方交易組合が一部の信用枠を停止したそうです。」
「……予想通りだ。」
バルド商会は現金回収に苦しみ、価格を維持できず、商人たちの信用も落ちていった。
そして今――王都では噂が流れている。
「クロウ商会が銀行を作ったらしい」
「あそこの手形は、金貨と同じように使える」
「もう、バルドよりもクロウと取引した方が早いのでは……?」
そう、それが狙いだった。
「市場は、常に“利便性”と“信用”を求める。」
利便性のある通貨。
安全な資金取引。
安定した経済基盤。
それらを提供できる者が、この世界の経済を支配するのだ。
◆
だがその時、俺のもとに一通の文書が届いた。
──「クロウ銀行の活動は“王都金融法第17条”に抵触する可能性あり」──
──「王室財務局より事情聴取のための召喚を命ずる」──
「……来たか。」
既得権益層が、動き出した。
王室が通貨と金融を牛耳っているこの世界では、“民間が貨幣を発行すること”に強い抵抗がある。
だが、それこそが本番だ。
「よし……次は、“国家と金融”の戦いだ。」
俺は、王室と対峙するための戦略を練り始めた。
異世界経済戦争、第二幕――国家VS企業の金融主権闘争、始まる。
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