第36話 鉞
夜明け前、東山の山裾にある朽ちた
そこに、重い
名は、
元・検視官。だが、今は“夢狩り”に対抗する最後の〈守り人〉を自称する異端の存在。
鉞の刃は、かつて殺人現場で使われた証拠品。
正規の処分を拒み、彼女自身が“呪具”として祀ったものだ。
「七人目が出た……。次は、武蔵か、あるいは……」
彼女は社の床下から、ひとつの木箱を取り出した。
中には、過去に採取された血清の瓶と、崩壊寸前の白蛇の標本。
「“
血に飢えた夢と毒が、現実を侵しはじめている――。
その時、風が社の灯籠を揺らした。
「来たか……灰斬か、それとも“夢を喰う者”か」
鉞を両手で構え、彼女は一歩、闇へと身を沈めた。
◆
一方、古びた診療所の奥。
武蔵の意識は、未明の冷気とともに浅い夢の淵を彷徨っていた。
「……また夢か」
まどろみの中で、彼の前に立っていたのは、かつて命を奪った男――佐竹斉。
佐竹の背後には、炎に包まれた京の街。
そのなかを、白蛇のような影が蠢いていた。
「まだ、お前は赦されていない。毒に耐えるだけでは足りぬ。……夢を斬れ、武蔵」
「赦しなど、最初から求めていない」
武蔵が答えると、幻影は煙のように消えた。
そして現実――
彼の瞼が開いたとき、窓の外にはすでに朝日が差し始めていた。
そのときだった。
ガシャン――!
窓ガラスが破られ、異様な姿の男が診療所に躍り込んできた。
左手には細身の刀、右手には“浄化”の印が焼き込まれた掌。
顔の半分は焼け爛れ、蛇の鱗のような皮膚が覗いていた。
「夢狩りを邪魔する者よ――ここで終われ、武蔵」
「辻斬りか……いや、“処理者”か」
武蔵は包帯を巻いたままの右腕を、そっと下ろす。
そして、足元に転がっていた医療用の器具――鉗子を拾い上げた。
「ならば、問おう。お前は“夢”を信じるのか?」
「夢など不要。世界に必要なのは、清浄だけだ!」
男が突進する。
その刹那――
鉞の鈍い音が、屋根裏から響いた。
落ちてきたのは、先ほどの女――槇村セイだった。
「この男は、“斬る者”じゃない……**“受け継ぐ者”**よ。そこをどきなさい」
鉞が一閃し、辻斬りの片腕が吹き飛んだ。
悲鳴とともに、闇が軋む。
その刹那、武蔵の中に眠る何かが、ようやく目覚めかけていた。
――“夢を斬る”とは、己の記憶すら断ち切る覚悟のこと。
そして、“夢を守る”とは、誰かの絶望すら背負うこと。
ふたりの剣と鉞が交わったその瞬間、
京の街の上空に、かすかに白い蛇の形をした雲が現れ始めていた。
夜明けの兆しは、必ずしも希望ではない。
それを知っている者だけが、なお斬り、生き延びる。
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