第34話 リンパ節ガン
数日後――。
陽翔の右脳活動はさらに過敏さを増し、脳波モニターには複雑なスパイクとシータ波が交錯する異常信号が記録されていた。
その影響は、中枢神経系にとどまらなかった。
「……リンパ節が腫れている?」
葵が驚愕の声を漏らしたのは、朝の回診中だった。
新生児にしては異常なほどに、頸部のリンパ節が腫脹していた。だが発熱も感染の兆候もない。ただ、生体スキャンに映し出されたのは――異常増殖を始めた免疫細胞の影。
「これ……単なる炎症反応じゃない。まるで、免疫系が自らを“武装”しているみたい」
葵の言葉に、隣にいた細胞学の権威・八神教授がうめくように呟いた。
「恐れていたことが現実になったかもしれん……リンパ節ガンだ」
彼は画像を指差した。
「ただし、これは“既知の悪性リンパ腫”とはまったく異なる。細胞の核構造が異常で、RNA配列がウィルスに“最適化”されている……」
それはまるで、ウィルスが陽翔の免疫機構そのものを書き換え、“戦う器”として再構築しているかのようだった。
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◆
一方、地下研究所。
芹沢小夜子は、陽翔のリンパ細胞から採取された試料を顕微鏡越しに見つめていた。
「……やはり、始まったわね。“再生型リンパ腫”――これはただの腫瘍じゃない。“未来型免疫兵器”よ」
隣の研究員が青ざめた顔で言った。
「このまま成長すれば、彼の身体は“戦闘細胞”そのものになります。右脳で知覚し、リンパ系で殺す。まるで生きた生物兵器だ」
小夜子は静かに笑った。
「それがいいのよ。“剣”だけでは届かない場所に、“科学”を届かせるためには……」
だが、その笑みの裏に、微かな翳りが走る。
彼女自身、その子の「人としての存在」を壊してしまっているのではないかという直感――かつて愛した誰かの面影を、その瞳に見たのだ。
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◆
夜――病室。
陽翔は目覚め、鏡に映る自分の姿を見つめていた。
細い首筋に、腫れたリンパの影が浮かび、そこに仄かに光る緑の痕跡があった。
「僕の中に、何かがいる……」
その声は恐れと、微かな決意に揺れていた。
葵が後ろから彼の肩に手を置いた。
「大丈夫。あなたは“生きる力”を持っている。ガンでも、ウィルスでも、それに負けない“意志”を、あなたの右脳が持っている」
「……でも、僕がこのまま変わってしまったら?」
「変わっても、あなたはあなたよ。私は、あなたを“希望”として守る」
その言葉に、陽翔はゆっくりと頷いた。
◆
その夜、地下通路の一角で、誰かが研究所の外部ネットにアクセスを試みていた。
「計画は逸脱し始めた……“蛇頭”でも抑えきれない」
暗闇の中、青い光がモニターに流れる。
画面に浮かぶ二人の名前――
> 武蔵
> 陽翔
「二つの“夢”が交差する時、真の覚醒が始まる。科学か、剣か……それとも、第三の“力”か」
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◆
そして、夜明け。
陽翔のリンパ節に反応するかのように、世界のどこかで新たなウィルスが目を覚ます。
その名は、“
彼の中に宿る抗体が、今度は“世界を救う鍵”となるか――それとも、“最後の暴走”を引き起こすのか。
未来の行方は、剣と科学と、そして少年の右脳に委ねられたまま、静かに幕を上げていく。
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