第30話 蛇頭

 勝間の裏道を抜けた先、小さな川沿いの土手道に差しかかったときだった。


 「……立ち止まれ、武蔵」


 乾いた声と共に、川べりの柳の影から、数人の男たちが姿を現した。全身に蛇の刺青を這わせたその風貌。いずれも目に光を宿しておらず、ただ冷たい獲物を前にした獣のように武蔵を取り囲んでいた。


 中央に立つ男は、額に蛇の鱗のような瘢痕を持つ、異様な風貌の大男だった。


 「貴様が、“二天一流”を名乗る男か。ちと名前が独り歩きしすぎているようだな」


 「誰だ、おまえたち」


 「“蛇頭じゃとう”――我らは夢を喰らう組織。幻に酔った剣士や思想家どもを、現実の毒で清めるのが役目よ」


 大男は鞘ごと刀を肩にのせ、ゆっくりと歩み寄る。


 「噂になってるぞ。科学省の小夜子が、“二天一流”に興味を持ち始めたとな。……ならば、今のうちに潰しておくべきだろう?」


 その瞬間、蛇頭の構成員たちが一斉に飛びかかった。


 ◆


 武蔵は即座に抜刀――一太刀、二太刀。


 しかし、蛇頭の男たちは驚異的な動きでかわし、背後へと回り込んでくる。


 (こいつら……只者じゃない)


 首筋に冷たい風。武蔵は身を沈めて回避し、地面に足を滑らせながら一人を蹴り飛ばした。


 そのとき――


 「“毒刃・伏蛇ふくだ”」


 大男が叫ぶやいなや、右手の刃が一閃。それは刀ではなく、毒液の滴る蛇骨で鍛えた、異形の刃だった。


 「喰らえ、“現実”という毒をッ!」


 武蔵の左腕に、浅く傷が走る。瞬間、熱と痺れが走り抜けた。


 「……毒か」


 「効きが早いだろう。科学と闇医術の合作よ。“夢”など見ている暇もなくなるぞ、武蔵!」


 身体の感覚が遠のいていく――だが、武蔵の瞳は死んでいなかった。


 「夢を喰らう者か……なら、俺は“夢を斬る者”だ!」


 彼は刃を握り直し、逆手に構えると、地を蹴った。


 毒の痛みに耐えながら、あえて間合いに踏み込み、一直線に振り抜く。


 「“斬夢剣ざんむけん・一の型――夢穿ち”!」


 放たれた斬撃は、風を裂き、大男の防御を粉砕した。


 ◆


 地に伏せた蛇頭の男たち。


 大男は口元から黒い泡を吐きながら、武蔵の姿を見上げる。


 「なぜだ……なぜ、その目が……そんなにも強い」


 「毒でも、現実でも……夢の剣は折れねえよ」


 そう呟き、武蔵はふらりとよろめきながら歩き出した。


 その背に、芹沢小夜子のレンズが再び焦点を合わせる。


 「……これで、陽翔との接点も生まれた。毒に侵された剣士と、抗体を持つ少年。科学の実験には、絶好の素材ね」


 彼女の唇が、冷たい笑みを浮かべた。


 「さあ、“人類の夢”を試す舞台を始めましょう。剣と科学、そして毒と希望。そのすべてが交わる夜明けまでに――」


 そのころ、病院のベッドで眠る橘 陽翔の傍に、小さな異変が始まりつつあった。


 血中に微かに混じる、未知の抗毒素――


 それが、世界の運命を変えることになるとは、まだ誰も知らない。


 


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