第24話 戦利品

 小暮の意識が戻って数日後。病院に束の間の平穏が戻ったかに見えた――その夜までは。


 午後10時。葵は、陽翔の様子を確認した後、遅い夕食を買いにすき家へ立ち寄った。夜勤の合間、看護師たちと交代で食事を取る習慣があった。

 「牛丼並、生卵つき……」と注文を済ませ、持ち帰り用の袋を受け取った瞬間――


 パンッ――!!


 乾いた破裂音が、店の外で響いた。


 「……銃声!?」


 葵が外を振り返ったとき、店の前を覆面の男たちが駆け抜けていった。

 一人はショットガンを肩に抱え、もう一人は袋を抱えて叫ぶ。


 「“戦利品”ゲットだァ! 逃げろ矢吹!」


 「金田一、こっちだ!!」


 店内の客は皆、パニックになりながら床に伏せた。


 葵は本能で感じていた――これは単なる強盗ではない。

 彼女の胸の中に、奇妙な冷たい感覚が這い上がってくる。


 その直後、店内のテレビが臨時ニュースを流し始めた。


> 「速報です。都内で複数の銃撃事件が同時発生。犯行グループは新種のウィルスを拡散させるテロリストである可能性も――」




 その言葉に、葵の頭の中でいくつもの点がつながった。


 「――ウィルス……?」


 ◆


 病院に戻った葵は、急いでICUの封鎖準備を指示した。

 ちょうど、感染症内科の矢吹医師が到着したところだった。


 「おい、葵。銃撃犯が残した“戦利品”って、どうやら試作型のウィルス拡散装置らしい。警視庁の金田一刑事から情報が入った」


 「なんですって……」


 「このウィルス、空気感染の可能性がある。“初期症状は微熱と下痢。次に発疹、脳への浮腫。”――まるで、人工的に設計されたような振る舞いをする」


 矢吹の言葉は重く、鋭かった。


 「冗談みたいな話だけどな。犯人の一人、金田一ってヤツ、あの金田一耕助の……たぶん名前を騙ってる」


 「ふざけてる場合じゃないわよ」


 ◆


 銃撃戦のあったすき家周辺は封鎖され、病院にも警備と報道の目が集まった。

 だが、感染の兆候が出始めた患者が一人――


 「……発疹……と、意識混濁……」


 それは、搬送されてきた小学生の女の子だった。

 葵が身体診察をしていると、痩せた胸元の皮膚に小さな赤い斑点が浮かんでいた。


 「……貧乳ってことは、免疫系の未成熟も関係してるかも……ウィルスは、子どもを狙ってる?」


 その言葉に、矢吹が頷く。


 「どうやら、ウィルスのコードには“成長ホルモン反応受容体”の選択性があるらしい。これは設計された兵器だ」


 そしてその子のポケットから見つかったのは――


 「……“戦利品”の一部だわ。どうして、こんな子が……」


 事態は、葵たちの想像を超えていた。

 ウィルスの設計者、矢吹のかつての同僚。彼女の名は……**貧乳愛好連盟(通称P.L.L.)**の科学者・芹沢小夜子。


 ◆


 「葵、君が現場に戻ってくれて本当に良かった」


 矢吹の言葉に、葵は頷いた。


 「夢を守るって決めたから。どんな闇が相手でも、私は立ち向かうわ」


 銃撃戦の記憶が残る夜のすき家。そこから始まった、静かなる戦い。

 ウィルス、銃、そして人の欲望。


 だがその中で、葵は確かに信じていた。


 「夢は、こんな時代にも灯りになる。だから私は、絶対に消させない」


 次の朝――

 陽翔は病室で、静かに目を覚まし、微笑んだ。


 そして、彼の隣には――希望という名の戦利品が、確かに残っていた。


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