美女が野獣★女なのに男みたいな勇者でゴメンね〜ゴメンね〜 5万超えるとエロス編突入!

鷹山トシキ

第1話 武蔵を継ぐもの

 寛永十年(1633)、初夏の京――。


 細い路地に入った小さな道場の木戸が、朝の風にかすかに揺れていた。

 草履の音を忍ばせ、ひとりの女がその前に立った。


 結い上げた黒髪に、男物の袴。腰には白鞘の太刀。

 年の頃は二十を少し越えたか。涼やかな目元には、凛とした光が宿っている。


 名は――橘楓たちばなかえで


 女にして、剣の道に身を投じた者。

 その覚悟は、京に名高い試合道場「巌流館」の男たちを何人も斬り伏せたことで、既に知られていた。



「……ここに、武蔵の書があると聞いた。『五輪書』、拝見願いたい」


 道場の主は、無精髭を撫でながら女を見下ろした。


「ふん、女が剣の道? ましてや武蔵の書を望むとは。笑わせるな」


 だが次の瞬間、彼の背後にいた弟子たちの竹刀が、すべて叩き落とされた。

 斬られたのではない。だがその速さ、的確さ、そして気迫に、誰も動けなかった。


「私は、ただの女ではない。師は亡き父、かつて宮本武蔵と二度手合わせした男。

その父の遺言がある。『お前は武蔵を越えよ』と」


 道場主は目を細め、わずかに声を低めた。


「……なるほど。名乗れ」


「橘楓。大和の出。武蔵の“型”ではなく、“心”を学びに来た」


 その言葉に、老いた道場主の表情が変わった。


「心――」


 そうつぶやき、奥の戸棚から、一冊の風化した書物を取り出す。


「これが武蔵が晩年、独り巌流島を訪れた後に記した書。

 武蔵の“心”が残っているとすれば、ここだ。……お前に預けよう」


 楓は、両手で静かにそれを受け取ると、一礼して言った。


「ありがとうございます。ただし、武蔵の“心”を継ぐとすれば、今の世の闇にも、それを試す場があると、私は信じています」


「……何をするつもりだ?」


 楓は、静かに外を見た。


「北の地に、“剣をもって町を支配する男”がいると聞いた。

 武蔵がもし生きていれば、必ず斬ったであろう者。私は、その者と斬り結ぶつもりです」


 道場に、微かな緊張が走った。


「……死ぬぞ」


「死ぬつもりで、生きてます」


 楓は静かに笑った。


 それは――どこか、若き日の武蔵を彷彿とさせる、

 芯の強さと、無垢な覚悟を抱いた、女剣士の顔だった。


 京を発ったその夜――。


 旅籠の一室、油灯の明かりが淡く揺れていた。


 楓は襦袢姿で鏡の前に座り、文箱から小さな剃刀を取り出した。手慣れた所作で、顎先や口元に浮いた産毛――否、産毛というにはやや濃すぎる、それを一本ずつ剃り落としていく。


 「……また濃くなってる」


 ため息混じりに呟いた声は、誰に向けたものでもなかった。


 剣の稽古を始めたのは、まだ七つの頃。男のように髪を結い、男のように袴をはき、男たちを斬り伏せてきた。だが身体は、剣の道と引き換えに、女としての“繊細さ”をどこかに置き忘れてきたかのようだった。


 日に三度、顔を剃る。汗に混じる皮脂が目立ちやすく、肌荒れも絶えない。  女としての羞恥を感じる暇もなく、ただ――


 (武蔵に、会っていたら、どう言っただろう)


 そんなことを思う。


 「……顔つきが男前だな」と笑ったかもしれぬ。  あるいは、「余計なことに心を惑わすな」と斬り捨てたかもしれない。


 けれど楓にとって、それは剣とは別の、どうしようもなく己を揺さぶる悩みだった。


 “女であること”を捨てたくはなかった。  しかし、“女であること”に縛られてはならなかった。


 そんな矛盾の渦に立ちながら、楓は鏡に映る自分の顔に指を当てた。


 剃ったばかりの顎に、うっすらと残る青み。


 (もしこの顔が、誰かの前で笑ったら……女に見えるだろうか)


 いや、違う。今はまだそんなことを考えている場合ではない。


 「北へ行く」


 小さく声に出すと、その言葉が身体の芯にすっと通った。


 その男――“剣で町を支配する”というその者が、民を苦しめ、ただ力を誇示しているだけの輩ならば、必ず斬る。


 武蔵の“心”とは、強さのみにあらず。  ――己を知り、世を知り、剣をもって、人を護ること。


 その覚悟を胸に、楓は鏡の蓋を静かに閉じた。


 夜が明ければ、また旅が始まる。  剃刀の刃のように、鋭く、細く、そして確かに――。


 己の在り方を問う旅路を、女剣士・橘楓は歩み始める。



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