ルールについての話
「ルールを教えて欲しい?」
ある昼下がりの休日の事だ。
いつものように喫茶店の隅っこでだべっていた私の元へ、一人の少女がやってきた。
ピンク色の髪に、おどおどした雰囲気の可愛らしい女の子。
最近なにかと縁がある、ダン少年の連れの子だ。
確か、名前を百合家ハナ、といったか。
今日に限って一人でやってきた彼女は、無言で見つめる私の前で随分と長い事躊躇ってから、そんな事を言い出した。
「う、うん。そうなの」
「ルールは大体知ってるんじゃ?」
「だ、だいたい。だけど、あまり詳しくは無くて……」
もじもじと恥ずかしそうに俯く少女。
なるほど。
まあ、大体事情は分かる。あまり争いだとか、強い感情のぶつけ合いとか、この子は得意ではなさそうだ。この世界でカードが重要な位置を占めているとはいっても、全ての人間がそれに精通していなければならない理由はない。
それがどうして、突然気が変わったのかは分からないが予想はできる。多分、ダン少年絡みだろう。彼の周りに、デュエルに強い女の子でも現れたか?
ライバル兼ヒロインの女の子カードゲーマーはアニメの華だからな。
確かに、そうなると顔なじみ、というだけではレースに勝つのは厳しくなってくる。
「いいよ。大した手間じゃない」
「本当!? ありがとう!」
「気にするな。というか、このカードゲーム、基本ルールは凄い簡単だからな」
難しそうに見えて実際は難しい、なんて揶揄される事もある現実のカードゲームだが、この世界のそれはちょっと拍子抜けするぐらい簡単だ。そのあたりの事情は色々思う所があるが、説明する側としては楽で助かる。
「基本的にこのカードゲームは、相手のライフを0にするのが目的だ。ライブラリアウトとか、特殊勝利条件とかあるけど、それは今は忘れていい。基本ルールだと初期ライフは3だから、とにかく3回相手を殴ったら勝ち、そう考えて構わない」
「わかった! あれ、でもモンスターさんには、もっと大きな数値が書いてあるよ?」
いって、ハナちゃんが差し出してくるのは彼女の手持ちと思われるカード。
にこやかに笑うひまわりをデフォルメしたような、彼女らしい可愛らしいカードだ。そこに書いてあるステータスは、1000単位の数字である。
「このすてーたす、が高ければ高いほど、殴ったらライフが減るんじゃないの?」
「残念だけどそうじゃないんだ。ステータスが40000でも1000でも、一度に減らせるライフは一つだけ。あと、40000のモンスターで1000の相手モンスターを攻撃しても、相手のライフは決して減らない。あくまで、相手プレイヤーへの直接攻撃回数が大事なんだ」
「え、じゃあ、ステータス高くてもいみがないの?」
ショックを受けたような顔をするハナちゃん。
確かにそうであり、またそうでないともいえる。ライフを減らす上ではステータスの大小は関係ないが、そこにもっていくまでに必要だ。
「そうではないよ。相手モンスターが残っている限り、相手プレイヤーには直接攻撃できないからね。身を守るために、相手に直接攻撃を通すために、ステータスは大きい方がいい」
さらに言うと、数字こそ1000単位のおおざっぱなものだが、そこにも強弱が存在する。同じ数値と戦った場合は基本的に相打ちになるが、サブコードによってはそうとも限らない。同じ数値と戦った場合一方的に勝つとか、逆に一方的に負けるとか、そうやってカードの個性に幅を出す工夫がある。
「ウィークとかブレイカーとか、ブロッカーとか、色々サブコードがあるけど、まあとにかくステータスが大きいカードを並べればそれだけ有利になる、と覚えておけばいいよ」
「わかった。でも、おおきなモンスターさんを皆最初はださないよね、なんで?」
「そりゃあ、バランスが考慮されてるからね。見て、モンスターの枠に色があるでしょ?」
私は懐から取り出したデッキをばらすと、ざあっと机に広げた。
多くのモンスターカードは白枠だ。だが、中には銀枠、金枠が混じっている。
「銀枠は上級モンスター、金枠は最上級モンスター、って呼ばれてる。これらのカードは、普通に召喚する事ができなくて、他のカードの効果か、カード自体が内蔵している特殊召喚効果でないと場に出せない。例えば、ほら。この鮮血大公ドラクシス、っていう最上級モンスターは、場に鮮血カウンターが10個無いと特殊召喚できない訳」
「え、それじゃあ、最上級だけでいいんじゃないの?」
確かに、上級モンスターは最上級モンスターに比べるとステータスが低い。だから同じ条件付きでしか召喚できないなら、最上級と通常モンスターだけで固めればいいと思うだろう。
だがそう簡単な話でもないんだな、これが。
「そうでもないんだ。上級モンスターは最上級に比べれば召喚条件の制限が緩いし、それに最上級につなげる為の効果も持ってる。私のデッキを例に上げて言うと、この鮮血のソードデーモンはずっと召喚するためのカウンターが少ない上に、全体攻撃でバンバンカウンターを貯められる。先にこっちを呼び出して、カウンターを増やしてドラクシスにつなげる、っていうデザインなんだ」
「へえー!」
キラキラした目でカードを眺めるハナちゃん。良かったな、お前ら。血塗れでえげつないお前らの見た目、彼女は気にしてないようだぞ。
「デッキ事故を防ぐために、最上級はデッキに1枚か2枚が鉄則。あとはそれを補助するための上級を3枚から4枚、ってとこかな。デッキの性質によっても割合は変わってくるけど」
「そっか……あ、じゃあ、他のカードは?」
つまり魔法カードとトリックカードの事である。
「魔法カードは、自分のターンならいつでも好きな時に使える補助カードだね。トリックカードは、魔法カードと違って一度場に伏せないと発動できないし、明確に発動条件や発動タイミングが記入されているんだ。ほら、枠が一個多くて、そこにいろいろ書いてあるでしょ? それが発動条件。自由に発動できない代わりに、その分効果が強い。相手の場に攻め入るときは大体魔法カードで、危機的状況を一発逆転できるのがトリックカード、って覚えておけばいいよ」
「へえー! じゃあ、魔法カードとモンスターさんだけでデッキを組んでもだめなんだね」
「そう、その通り。大事なのはバランスだよ、バランス」
実際はちょっとややこしいタイミングがあるが、そういうのはシステム側が自動的に処理してくれるし、なんならレフェリーに聞けばいい。機械に頼らず、人間の柔軟な対応を加える事でカバーしきれない問題もしっかりフォローされているという訳である。
タイミングや、効果対象の明記がされているってのは本当にありがたいよね。コストなのか効果なのか判然としないとか、対象を取るだの取らないだのとか、カードが違うので処理が違いますとか、句読点の場所が違うので解釈が変わりますとか、まあ少なくともこの世界ではいまだお目にかかった事がない。
「でもちょっと、やっぱむずかしい……。できるかな……」
「なんだったら、試しにゲームしてみようか?」
「いいの?!」
とりあえずやれば慣れる、の精神だ。私の提案に、ぱぁ、とハナちゃんが笑顔を浮かべる。可愛らしい笑顔だ、きっと将来は美人に違いない。
こんな子に惚れられてるダン少年は果報者である。とはいえ現状は男の子らしい素直になれなさを発揮しているから、そこは周りでフォローしてあげないとなあ。
「あ、そうだ。その前にちょっとデッキ見せてもらってもいい? アドバイスできる事があるかもしれない」
「わあ、ありがとう! これね、私のデッキ。おはなさんデッキ!」
「ふふ、そうか。可愛らしいデッキだね」
差し出されたカードの束に手を伸ばす。
私の指が、少し不揃いに重ねられたカードに触れた、その時だった。
バヂンッ!!
「い゛っ!?」
「きゃっ!?」
突然、冬場の特大静電気のような衝撃が、指とカードの間に弾けた。私は思わぬ痛みに思わず指を引き、ハナちゃんは大きな音にびっくりしてデッキを取り落としてしまう。
床にカードが散らばり、私は慌ててしゃがみこんでカードを拾おうと手を伸ばした。
バヂンッ!!!!!
「みぎぃ!?」
「と、トウマちゃん!?」
再び炸裂する静電気にのたうち回る私。ハナちゃんが吃驚して声を上げる。
「だ、大丈夫?!」
「ら、らいじょうぶ……」
手首をもって手をぷるぷるさせる。短時間に二連続は割と……いやかなり痛い。
うべえー、となっている私をよそに、ハナちゃんはテキパキとカードを拾い集めていく。彼女にはこのバチバチは発生してないようだ。
え、ナニコレ。
もしかして、ハナちゃんのカードから「その汚い手で触るんじゃねえ」されてる??
「なんだ、お前ら。珍しい組み合わせだな」
「あ、岩田さん」
と、そこに珍しい顔が通りがかった。
ギルティ岩田。最近、喫茶店に出入りするようになったヒールデュエリストだ。勿論、ヒールはプロとしてのキャラ付けで、彼本人はいたって理智的で礼儀正しい大人である。
「丁度いい。岩田さん、ハナちゃんの練習相手をしてくれないか?」
「ん? 別に構わないが……お前がやればいいんじゃないのか? 友達だろう?」
「いやほら、私のデッキ、あれだからさ……」
懐の四つのデッキを指し示して苦笑する。『鮮血』『悦楽』『変化』『疫病』のそれぞれのデッキは、デザインもそうだがギミックもややこしくてあまり初心者向けではない。当然手加減はするが、これを基準に考えられるとあまりよろしくないのだ。
それに比べて、岩田さんのDFはリクルート戦術を駆使するまっとうなデッキだ。初心者の相手にはちょうどいい。
「いや確かにお前さんのデッキはちょいアレだが、四つもデッキを組めるぐらいカードを買ってるなら、余ったカードで練習用のデッキぐらい組めるだろう?」
「……ふ。そう思うよね、普通」
「??」
首を傾げる岩田さん。まあいい、せっかくだから彼にも見てもらおう。
「マスター、4パック頂戴」
「あいよー」
ポイントとパックを交換し、ハナちゃんと岩田さんの前で開封する。その開封結果に、二人がそろってうげ、と顔をしかめた。
「おんなじカードばっかり……」
「あー……。成程、お前、そういうタイプか……」
そう。どういう訳か、この世界に来てからどれだけカードを買っても、四大デッキの関係者しか当たらないのだ。おかげでデッキ自体は四つどころか10個ぐらい組める、全部同じような内容になるが。
そもそも、他のデッキが組めるならそっち使うに決まってる、こちとら好きで悪逆デュエリスト呼ばわりを受け入れてる訳ではないのだ。ちくしょう。
「ふむ、状況は分かった。俺に任せろ」
「……え? 岩田さん?」
「ははは、プロの人脈を舐めるな。珍しいがな、お前みたいな奴が他に居ない訳でもない。そういう時の対処方法も心得ている」
サングラスの向こうで岩田さんがニヒルに微笑む。頼りがいが半端ない。
というか、まじか。私みたいなのが他にもいる? それで対処法あるの?! これ?!
「ふふふ。おい、マスター。俺にも5パックくれ」
「あいよー」
「どうも。……で、だ。これをお前にやる。受け取れ」
購入したパックを、岩田さんが私に押し付けてくる。目を白黒させる私に、岩田さんは椅子に腰かけながら悠々と説明してくれた。
「つまりだな。お前が選ぶから、同じカードしか出ないんだよ。赤の他人が購入したカードを、そのまま他人に渡す分には問題ない。なんせ、購入した時点では、それがお前に渡るかどうかわからない訳だしな。5パックぐらいあれば、適当に練習用のデッキぐらい組めるだろ?」
「岩田さん……!」
なんていう事だ。ヒールデュエリストじゃなくて、岩田さんは救世主だったのか。
「この御恩は必ず……!」
「大げさだな。いいから、早く開けて確認してみろ」
「わくわく!」
ハナちゃんと肩を並べて、早速パックを開封しにかかる。
うはあ、嬉しいな。どんなカードが当たるかな。
銀色の包みがぴりりと裂けて、ちらりと中身が覗く。四大デッキのそれじゃない、可愛らしい絵柄が垣間見えて、私のテンションは最高潮に達した。
「やったあ、これで、アイツら以外のデッキが……」
その時だった。
ずがん!
どすぅ!
「「……え?」」
ハナちゃんと二人そろって、唖然とした声が漏れる。
今まさに開封しようとしていたパックが、気が付けば姿を消していた。代わりに、私の指の間には、鋭くとがった金属片が突き立っている。一瞬遅れて我に返り、私はハナちゃんと抱き合って震え上がった。
「「ひぃいい!?」」
見れば、何か大きな金属片が、テーブルを粉砕して床に突き刺さっている。パックは五つともそれに巻き込まれてしまったのか、粉微塵に粉砕されてその辺に散らばっているようだ。見上げれば、喫茶店の天井に何か穴が空いていた。
まさか、割腹自殺!?
そこまでして私の物になりたくなかったのカード達!?
「な、なんだこ(ドガア!)」
困惑したような岩田さんの声が途中で途切れる。
視線を向けると、さっきまで岩田さんが座っていた場所に、もう一つくそでかい破片が突き刺さっていた。遅れてぱらぱらと天井の破片が振ってくる。
あ、え、い、いわた、いわたさんが……。
「ししし、死んだ!? 岩田さん死んじゃった!? 破片に押しつぶされて!?」
「きゃああああ!?」
「死んでねーよ!? 勝手に殺すな!?」
あ、ぶ、無事だった。破片の後ろから這い出して来る岩田さんの姿に、ほっと胸をなでおろす。どうやら天井を破片がぶち抜く一瞬の間に危険を察知し、後方に回避したらしい。流石プロデュエリスト、直感や身体能力も超一流である。
ハナちゃんと抱き合ったまま安堵にふぅ、と息を吐いていると、状況を理解した店内が騒がしくなり始めた。マスターが白目をむいてこちらに走ってきて、他の来客たちが遠巻きにざわざわし始める。
「さ、三人とも無事!? トウマちゃん怪我はない!?」
「あ、うん。はい」
「とりあえず警察に連絡しろ、多分これ飛行機か何かの破片だ」
その後は、てんやわんやの大騒ぎ。
結局私が警察の事情聴取やら何やらから解放されたのは、もう夕方になってからの事である。
なお、原因はちょうど上空を飛んでいた飛行機の部品落下事故、という事らしい。
あくまで偶然の事故、という話だったが、これ以降、岩田さんもハナちゃんも私も、パックの引きについて触れる事は無かった。
次は飛行機そのものがふってきても困るし……。
そんでもって、流石にこんな事があった以上、岩田さんにハナちゃんの練習相手を頼むのは気が引ける。
そういう訳で結局、ハナちゃんの練習相手はどうなったかというと……。
「やったあ、私の勝ち!!」
「ふふふ、あーあ、負けちゃったー、私」
ぴょんぴょんして喜ぶハナちゃんと、ニコニコしている茉莉さん。
私は慣れないドレス姿で、ガチガチになりながらその様子を見守っていた。そう、茉莉さんなら私が要求をのめば大抵の事は気やすく引き受けてくれる。私がフリフリドレス着たりすれば。
うん、あの笑顔の為なら、ドレスの一着や二着……いや御免。きつい。無理。おまけに今回は化粧つきだ、顔がもしょもしょする。
やはり頼む相手を間違えたか。私は心の中で、ほろりと涙を流したのだった、ちゃんちゃん。げふぅ。
★★★作者からのコメント★★★
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