王国の聖女編
他者から見た2人(ミラ視点)
マーレ族のミラ視点
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うーわー、ほんとなんでついて来ちゃったんだよー。
私は、内心頭を抱えて何度目かの後悔をしていた。差し出された契約書を読み進めていたけれど、どこまでも続く文言に、無言の空間に、向けられる視線に耐えきれなくなったのだ。
居心地の悪い家を飛び出して、王都に移り住んで。ずっと見上げてきた、中心に立つ荘厳な城。最低でも爵位持ちの貴族、しかも厳重なチェックを受けなければ近づくことすら許されぬ、鉄壁の守りを誇ると言われているそこに、今私はいる。
客間に思えぬほど広く、調度品全てが整った部屋。めちゃくちゃ座りごこちのいいソファと絶対値段が高いお茶が出てるけど、喉を通らないばかりか息の仕方も忘れそうになる。
契約書を手渡してくれた緑の髪の青年、確か宰相と名乗っていたそのお方に尋ねた。
「本当に、こんなに報酬を頂いていいんですか」
「ええ。秘密保持の観点からも、契約魔法は結んでいただきますが」
あーこの『城であったことを一切知られてはならない』という部分っすね。これって拷問されても言えないんですかね。
ある意味こちらの身を守っていてくれているようで、漏らした瞬間どうなるかはお察しだ。
「わかりました・・・」
「それでは、こちらにサインを」
差し出された羽ペンで署名をし、確認をした宰相はインクが乾いたそれを大事そうに懐へしまう。もう1枚はもちろん自分に差し出されて・・・手に触れた瞬間書類は逆十字がリング上に連なった紋様となり、首に巻きつきわずかな熱を残して消える。
「うあっ」
「これで契約は締結されました。それでは詳しい内容を説明いたします」
「は、はい・・・」
思わず首をなぞる。良かったまだくっついている。
触れると、確かに魔力の痕跡がある。タトゥーが入ったわけでも、常時光っているとかでもないから痛いヤツにはならないと思うけど、下町の占い師如きの私が解除できるような代物ではない。
これは、本格的にヤバいのかもしれない。もう今更逃げられないのは確定しているが。
「改めましてミラ様。あなたにはしばらく城に留まっていただき、ある方の夢を覗いていただきます」
「はい」
そこまでは、契約書に書かれていたからわかっている。問題はその後だ。
「そして、その夢がどういった内容なのか。包み隠さず全てを報告していただきます。また、それが因果のあるものの場合、その原因調査に協力すること。それが、魔王様からあなたへの指名依頼です」
△▼△
「失礼致します」
「失礼しま、す」
案内された先は、シンプルながら貴賓ある雰囲気の部屋だった。
うわーあの水晶。一体いくらするんだろう・・・
入ってすぐの隅にある、曇り一つない巨大な水晶に目を取られていると、男性が口を開いた。
「クリス。彼女が?」
「はい。名を名乗りなさい」
「は、はい! ミラと申します」
遠い記憶の隅っこからなんとか引っ張り出して、精一杯の礼をとる。
部屋の中央にあるベッドの傍に座るのは、本物の魔王様だった。第一印象は『絶世の美青年』だけれど、身に纏う魔力量が凄まじい。かのお方からすれば、なんの気無しに声に乗る魔力だけでこちらは平伏させられそうになる。
何よりも、底が一切見えない漆黒の瞳が極上のブラックダイヤモンドを思わせる。
正直、城下町で売られている姿絵より断然美しい。本物のほうがイケてる場合もあるんだなって、こっそり感動を覚えた。
「そんなに硬直せずとも、言葉遣いで不敬罪を問うつもりはない」
ということは、やらかした時は容赦なく首が飛ぶと。うわーんやっぱり後悔してきた。
報酬に惹かれて、二つ返事で受けたのは自分自身だけど。後悔先に立たずだ。
「は、はい。下町育ちなので、ご容赦いただければ幸いです」
「マーレ族の族長の長女、と聞いているが事実か?」
「はい、間違いありません。ですが、私は家出した身でして・・・」
「求めているのは他人の夢を覗ける者だ。それに嘘偽りがなければいい」
「はい、勿論です」
うなずいた私に、ほんのわずかな時間だけこちらを写した瞳はすでにベッドに横たわる相手へと注がれている。魔王様の手には相手の手も乗せられていて、時折びくりとすがるように指が動いていた。
真っ白で、ほっそりとした指。女性の手に見える。
半分天蓋がひかれているから、こちらからは眠る彼女の表情は見えない。だけれど、荒い息遣いや小さい悲鳴が静かな部屋に漏れる。いい夢を見ているのではないことだけは、確かだ。
「近づくことを許す。ただし、彼女に触れる必要があるときは、事前に許可を取るように」
「わかりました! 失礼、します」
許可を得られたので、ベッドの脇まで進み魔王様の前で膝をつく。一挙一動に視線が刺さるが、いつも通りを心がけた。
・・・月の、女神様のよう。
ベッドに眠る女性は、銀髪が額の汗で張り付いていて、苦しそうに眉根を寄せていたけれど。その美貌は神秘的で儚く見える。
「魔王様。もし夢でこの方が出てきた場合、月の君とお呼びしてもよろしいでしょうか」
その身をこれだけ案じているのに、名前を呼ばないということは、知らせるつもりがないと言うことだ。だけれどこちらは見たことをなるべく正確に伝える必要がある。
内心ガクブルしながら問いかけると、ゆっくり頷いてくださった。
「許可する」
「ありがとうございます。それでは、潜ります」
商売道具である鈴がたくさんついた楽器、スレイベルを手に立ち上がり、私は目を閉じた。
△▼△
他のマーレ族はどうか知らないが、私が夢に潜るとき。いつも、自分が立っていることを自覚することから始まる。自分が着てきた仕事着をイメージし、手にあるスレイベルを一定のリズムで揺らす。
涼やかで、軽やかな高い音は仕事関係なくお気に入りなんだけど、夢の中では音はしない。つまり、聞こえなくなったらうまくいった合図だ。
ゆっくりと目を開ける。
「月の君が、泣いています」
静かに、しゃくりあげる声がする。押し殺してはいるけれど一層悲壮感を感じさせる。彼女は小さく膝を抱えて、震えていた。
紫の瞳が蕩けてしまいそうなほどに雫をこぼしている。瞳の色まで美しくて神秘的で、今はただただ痛々しい。
「なんだろう、赤い棒・・・」
辺りは薄暗い闇の中、慎重に
フードを目深に被った何者かが、月の君に向かって何度も何度も、赤い棒を振り下ろしている。この距離でも分かる、頭を守る細い腕に、赤い筋を残す。
ーやめて、おねがい、ゆるして。彼女の口元が、音にならない痛みを訴えていた。
「扇ですね、彼女に向かって振り下ろされています」
「相手は誰だ」
すぐ近くで聞こえる魔王様の声に、ベルを振る手が止まりそうになった。ゾッとするような冷たい声に、ごくりと唾を飲む。
それが、自分に向けられている感情ではないとわかったとしても。その声色は確実に、殺意と憤怒だった。
「白いローブをかぶっていて・・・中身は、ありません」
これも、よくあることだった。夢の中は細部まで作られていないことが多い。目の前の相手は扇を握る手こそあるものの、フードの中は空っぽだった。
しかし、丁寧に観察することで因果が見えてくるのだ。瞬きもできるだけ抑えて、私は一瞬たりとも見逃さないように目を向けた。
「続けろ」
「はい。相手は一人です・・・消えました」
ゆっくりと、月の君が顔を上げた。じわじわと光の範囲が広がっている。悍ましい気配を感じ、すぐにその場を離れる。
後退りながら、それでも視線は外さないように彼女の方を見た。
月の君に、白い手が差し出される。まるで救いの手を差し伸べるように。
だけれど、この夢は悪夢。当然手の主は、先ほどの扇野郎と一緒だ。
「だめ! 手を取っちゃだめ!!」
私は夢を覗き見るだけの力しかないから、声は聞こえないはずだけれど。無数の手に囲まれていた月の君は泣き腫らした表情のまま、はっきりと首を横に振った。
ー白い手たちは、彼女を捕まえられずにすり抜けた。
リーン リーン
「っは!!」
その場に立っていられず、思わず膝をついた。全身に汗をかいている。口もうまく動かない。
ほんと、あとちょっとでも目覚めるのが遅かったら感知されてた。ギリギリセーフ。
「ある・・・さま?」
「よかった・・・よかった・・・!」
すぐ横で、魔王様が目を覚ました月の君を抱き起こして、それでもこちらに油断なく視線を投げている。
入室したばかりのときより数段強い威圧に唾を飲み、なんとか言葉を継ぐ。
「魔王様、核についてご報告が」
「わかった。今は下がれ」
「はい・・・」
許可が出たので可及的速やかに、退場したかったが。膝が笑ってまともに歩けない。さっきまでの悪寒にまだ取り憑かれているみたいだ。
いつまで経っても動けない私は、宰相の指示で廊下にいた騎士に連れ出してもらって、なんとか首がつながったまま御前を失礼することができた。
△▼△
その後、念のため呪い返しを警戒すると言われ、2日城に留め置かれ、何事もなく解放されて日常に戻りつつある。しかもその間は少しの聴取と、あとはただただ客間で歓待を受けただけだった。ぶっちゃけ、体重計に乗るのが怖い。
悪夢の原因となりうる核は、あの無数の手の1つに握られていた・・・紫色のブローチ、だと思う。彼女の周りに腕が出現した瞬間に、一つだけ握り拳があったので注意深く観察していたのだ。
宰相様に、夢で見た様々な物の詳細なスケッチを渡したのであとは采配に任せるのみ。もちろん解決の一途だろう。
「うふふふふ・・・」
さすが魔王様、報酬は即日全額振り込まれている。口座を確認して何度だってニヤついてしまう。奮発して、あのサイズの水晶を買ってしまおうか。でもどこで売ってるんだろう。
そんな呑気な妄想をしていた数ヶ月後、職場兼住宅としていた占い館が何者かの襲撃に遭い、着の身着のまま命からがら逃げ出した私は縁あって王城の魔導部隊に所属することになるのだが。それはまた別のお話だ。
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マーレ族:眠る相手の胸の上に乗ることで悪夢を見せて、それを糧として食べる種族。ミラは生まれつき相手が見ている夢を覗ける力を持っていたため、悪夢を好まず一族に馴染めなかったので家出した。
宣伝失礼します。
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