少女の問いかけ

とるぴぃ

冷夏

「ねぇお兄さん、生き物ってなんで眠るの?」


ショッピングモールのフードコート。

食事をしていた俺は、通りすがりの少女に尋ねられた。


「迷子はサービスカウンターに行くんだお嬢ちゃん。あっちにあるから」


「何ケチ臭いこと言ってるの?少しぐらいお話してくれたっていいじゃん」


そう言って、少女は向かい側の椅子に座った。

小学生ぐらいだろうか。

長髪で夏虫色のガーリーなワンピースを着ている。


「知らないおじさんに話しかけちゃいけないって教わらなかったのか?」


「つまりお兄さんだから、あなたには話しかけても大丈夫だよ」


「知らないお兄さんにもあまり話しかけちゃだめだ」


「お兄さんつまんないね」


…余計なお世話だ。

いい大人が名前も知らない少女といたら危ないだろ。

事件の香りがたちこめてしまう。

いつ通報されてお巡りさんと仲良くするかもわからない。


「それよりどう考えるのお兄さんは。もぐもぐ」


「何の話だ。というかなんで語尾にかわいらしい咀嚼音がつくんだ」


「おいしいよこのぎょうざ」


「それ俺の餃子なんだけど」


「肉のうまみと野菜の甘みがほどよく合わさっていて、皮のもちもちと羽のパリパリがいいアクセントになってとってもおいしい。口の中で肉汁があふれるね」


「一丁前に食レポをするな。俺も食べたくなる」


「自分のなんだから食べればいいじゃん」


少女はけらけらと笑い出した。

俺は勝手に食べられている身なんだけどな。


「そんなことよりお兄さん教えてよ。生き物ってなんで眠るの?」


俺の餃子をそんなことで済ますなよ…


「なんでそれを知りたいんだ?」


「単純にいているだけだよ。お兄さんはどう考えるのか、多様性って大事でしょ」


「多様性なんて難しい言葉つかうんだね」


「頭良く見えるでしょ」


「その一言で台無しだな」


「は?」


急に可愛げがなくなったな。

その見た目で「は?」とか言うのは一部の人にしか刺さらないぞ。


「人は寝ている時に体を休めたり記憶の整理をするんだ。ストレスだって十分な睡眠をとると大幅に軽減させることができる。だから人は眠るんだ」


どうだ、知識はしっかり持っているんだ。

伊達に生きていないんだぞ。どや。


「…お兄さんつまんないね」


さっきも聞いたなそのセリフ。


「だれがそんなまじめな回答を求めたの?」


「むしろこれが最適解だと思ったんだけどな。ドヤ顔までしてたんだけどな。」


「相手の考えもくみ取れないとか、本当に大人?」


「大人のハードル高いなおい。成人してる人みんなができると思うなよ」


「私はもっとお兄さんの思うことを知りたい。記憶の整理とか体を休めるとかじゃなくて。多様性ってさっき言ったでしょ」


「これは学校の課題とかその辺のやつなのか?」


「ん-…ま、そんな感じ」


「下手に適当なことを言うのもはばかられるな」


ふむ、生き物はなんで眠るのか。

科学的な考えがダメとなると、もっと哲学的な考えの方が良いのだろうか。

例えば、死ぬ準備をするためとか。

眠っている時は仮死状態とも言うし、あながち間違いではない気がする。

…いや、幼い子供に言うべきことじゃないな。


夢を見るため、とかどうだろう。

幼少期、学校の先生に夢は何か問われたことがある。

昔はかたつむりになりたいとか、スーパーマンになりたいとか。

そんな現実味のない様々な夢を持っていた。

そんな夢を寝ている限り実現させれるとしたら…


「どう、お兄さん。なにか思いついた?」


「夢を見るため、とかどうだ」


「ありふれた回答だね」


「つまらなかったりありふれていたり悪かったな」


「ふふ、いいよお兄さん。ありがとう」


少女は柔らかく微笑む。

俺は虚を突かれて視線をそらしてしまった。


「どういたしまして。親に心配される前に早く帰れよ」


そう言って俺はたどたどしく餃子に手を伸ばし…箸は空を切った。

おかしいな、俺の餃子すべて無くなっているんだが?

少女のほうに視線を向けると、満面の笑みでこちらを見ていた。


「お兄さんの考える時間長くて全部たべちゃった」


「そんなにっこにこの笑顔で食べちゃったと言われても…」


ここの餃子人気であまり買えないのに…


「そんな落ち込まないでよお兄さん。いいものあげるから」


「いいものってなんだよ…」


そう言って少女は椅子から立ち上がり俺の横に立つ。


「何する気だ、警察沙汰はごめんだぞ」


「お兄さん、叶うなら叶えたい望み。何かないの?」


「唐突だな。…しいて言うなら愛されたいな」


「そっか」


「訊いておいてそっかで終わらそうと…」


急に俺の視界が暗闇に包まれた。

唐突な眠気に襲われ椅子にもたれてしまった。

俺はそのまま意識を手放した。


「──私はね、他人のまぶたを手で軽くおさえることで、その人を眠らせることができるんだ。そしてそこに眠らせる人の持つ、睡眠への価値観を乗せることができる。お兄さんは『夢を見るため』って言ったね。愛される夢を見ることができるよ。なぜ眠るかという問いに、もしお兄さんが『死ぬ準備をするため』とか言っていたら…ふふ、いい夢見てね」

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少女の問いかけ とるぴぃ @torupyi

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