第30話「エンディング:A エンドロール」


『ソウヤくん、何してるの~』


 いつものアイラの顔が見える。

 また、この周期を始めるのだと思った。


 音声認識を通じて「まだ寝足りない……あと2分だけ」と答えた。何度も答えた言葉だ。


『いやいや、起きてよ……』

「……」

 

 ……? 

 何も答えない?

 おかしい。この後には『ほら、うりうり♪』と言いながら、剣の柄で突かれるはずなのに。


『ソウヤくん、起きてください。修行を始めますよ?』


 柄で突かれる前に、手を取って無理やり起こされた。

 どういうことだ? こんなセリフなかったはずだ。


『ソウヤくん、聞いてますか~?』

「やはり、変だ。アイ、ちょっと調子がおかしい。ゲームを見てくれ」


 こんな時に限って、アイの返答が長い。

 変なバグじゃないといいが……。

 

『ソウヤくん?』

「アイ? どうした? 大丈——」


「——ソウヤくん!! 画面の前の君に言ってるんだよ?」

「——っな、なに? アイラ?」


 なんだ? こんなにも目が合うなんて、まるで人間みたいだ。

 画面の前? なにを言って……?


「やっと返事してくれた。疲れてる?」

「いや、別にそんなじゃないよ……」

「嘘だ~。さっきから返事が鈍いよ? まったく……」

「ご、ごめんって……」


 咄嗟に謝ってしまう。

 なんだ? なんだかとても新鮮だ。まるで本物のアイラと喋っているようだ。

 

「も~これじゃあ、ソウヤくんから、なにか特別な贈り物でもしてもらわないといけないな~」

「え、えぇ!? 贈り物なんて今の僕にはないよ……」

「嘘だ! ソウヤくんはとっても特別な物を持ってるよ!」

「えぇ!?」


 特別な物? なんだ? こんな始めたてで持ってるものなんて何もないぞ……。


「え~わからないの?」

「う、うん。ごめん、アイラ」

「ん~じゃあ、ヒントをあげる!」

「っえ? ヒ、ヒント??」


 何もないんじゃないのか?


「ヒント1、それは、私が昔ソウヤくんに渡したものだよ」

「わ、渡したもの……?」


 今の装備は、アイラとの依頼で得たお金で揃えたものだ。

 渡したもの……? お金か?


「ヒント2、それを持っているのは、画面の前のソウヤくんだよ」

「え……?」


 画面の前……? 僕のことを言っているのか?

 僕が……今持っているのか?


「ヒント3……それは、あなたが今、手に身に着けてるものだよ」


 身に……着けてるもの……?


「……ここまで言ってもわかんない?」


 僕の左手薬指に着けていたもの、それはアイラがあの夜くれた指輪だった。

 忘れないように、着けていたものだった。


「こ、これのこと?」


 そう言いながら、僕は指輪を外し、画面の前に差し出した。


「……正解。私、ソウヤくんの指輪が欲しい」

「こ、こんなのでいいの? アイラがくれた物なのに?」

「こんなのってなんだよ~。それに、ちゃんとロマンチックな時に渡してほしいって言ったけどな~」

「あ、いや、ちゃんと返そうとは思ってたけど、こんなタイミングとは思ってなくて……」

「えへへ、いいですよ。別にロマンチックじゃなくても、ソウヤくんの指輪が欲しいんです」


 僕は指輪を手渡そうとした。

 けど、どうすれば良いか迷った。


「そのままだと、渡せないね」

「……」

「だったら——あの世界に戻って、渡せばいいんだよ?」

「あの……世界?」


 あの世界。つまりアイラ達のいる、僕が育った世界。


「……アイラ、それは……僕には……」

「方法は、あるよ!」

「…………え!?」


 方法……?

 どうやって?


 もし、帰れるのなら。

 もし、みんなに会えるなら。


「なんだってする! どうすればいい?」

「……えへへ」


 そういうと、アイラはどこかうれしそうにはにかんだ。


「じゃあ、剣を持って」

「剣……? この部屋にはどこにも……」

「じゃあ、そのハサミでいいよ」


 僕は不格好にハサミを構えた。


「こ、こう?」

「そんな感じ。構えたまま聞いてね。……昔教えた技があったでしょ? 私があんまり教えたくなかった技」


 教えたくなかった技。

 それは、技をもっと見せて欲しいと言った時に、『まだ1個みせてない技があるけど……あんまり教えたくないんだよね』と言った技だろう。


 見せたくない理由を問うと、アイラは『使う場面を見たくないから』と言っていた。

 それは、殺傷する相手を思うがゆえに作られた技。

 最大限、相手に痛みを与えない、慈悲深い技だった。

 名前は——


終幕斬エンドロール……?」

「そう! 正解……」


 すこし、画面にノイズが走る。

 バグが起きる時の挙動だ。


「その技で、ソウヤく……んはあの世界……に行ける」

「みんなの……元に……?」


 ノイズが荒くなる。

 ゲームがクラッシュしかけている!


「どうやって!? どうすればいい?」

「ソウ……ヤくんがこ……の世界に来ちゃ……た理由を……考えて! だいじょ……ぶ……、きっと……会え……るか……ら……!!」

「待って! アイラ!!」

「ソウヤく……ん。……待って……る……ね…………」


 ゲームが落ちる。

 世界? 来る?

 どういうこと?


 落ち着け……。

 

 心臓が静かに波打つ音だけが耳に響く。

 僕は、アイラの言葉を一語ずつ反芻した。

 

 この技で帰れる。

 この世界に来た理由?


 なんで……この世界に……?



 僕は、双子の兄であるユウヤに殺された。

 そして、この世界のユウヤは15歳の時に行方不明。


 ……いや、違う。

 あの世界で勇者が名を上げ始めたのは、ユウヤが17歳の時。

 15歳の時に死亡し、あの世界に渡ったんだ。


 死ぬことによって、転移する。

 それが、僕とユウヤの理、だとしたら……。

 

 

 ……。


 

 …………。


 

 ………………。

 

 

 ああ。


 そうか。


 そういう意味か。


 やっと、わかった気がする。

 戻るんだ。あの世界に。


 静かにハサミを喉元に向けて、闘力を込める。

 

 

 みんな……。


 

 今、行くよ。



 「終幕斬エンドロール



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その少年、勇者につき——いや、偽物かもしれない @nagatuki01

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