第2話「依頼」

 場所は森の奥地。

 草木が生い茂って見えないが、もうすぐ山岳地帯と行ったところ。


 ソウヤを先頭に、アイラが後ろからついてくる。

 ここまで、戦闘は一切なし。


 モンスターには、依頼書に書かれるものと同様に推奨等級がある。

 

 森に現れるモンスターは、基本D級以下であり、僕の実力だったら問題ないレベルだ。

 だけど、俺の後ろにはアイラがいる。

 モンスターが一切でないのを見るに、もしかしてアイラの溢れ出る実力に屈して出てこれないのかもしれない。

 虎の威を借りる狐ならぬ、アイラの威を借りるソウヤである。


 実際、愛嬌のある容姿のアイラも、等級で見れば虎どころかゴリラと言ってもいいかもしれない。


「ソウヤくん、今なにかとても失礼なこと、考えなかった?」


 背後から、息を詰まらせるような重い声が響き、思わず身を震わせた。


「ソ、ソンナコトナイデスヨ」


 アイラはエスパーなのかもしれない。

 気を付けておこう。


「あ、薬草あるじゃん」

「え、ほんと?」


 あたりを見渡すと、目標の薬草が思いのほか群生していた。


「こんな低地にもあるんだ……これだけあれば依頼は完了だね」


 お、もしかして今回は早めに帰れるかもしれない。

 やった!


 ……そんな顔をしたのがバレたのか、アイラがニコっと笑い、こう言った。


「ですが、それでは面白くないし、このまま山岳地帯まで行こっか?」


 うん、まぁ終わらないよね。

 戦闘なして依頼が完了してしまっては修行の意味がないのだろう。


 薬草をバックに詰め、その足で山道を登る 。

 依頼分の薬草を抱えたままなので、なかなかの重労働だ。


「んーこっちじゃないなぁ」


 アイラはどうやら、目的の場所があるようだった。

 どこに向かっているのだろう?


「あっ、あれだ! ソウヤくん、あそこまで行くよ!」


 アイラが何かを見つけ、声をあげた。


「ちょ、ちょっとまってアイラ! なにを見つけたの?」


 颯爽と走るアイラを必死に追いかける。

 なにかすごいお宝を見つけたようだったけど……。


 アイラに追いつくと、山岳には似合わない大樹があった。

 そして、アイラは大樹に出来た大きな鳥の巣を見つめていた。


「ソウヤくん。山岳地帯における一番恐ろしいモンスターはなにか知ってる?」


 山岳地帯には断崖狼クリフウルフ山鱗竜マウンテンリザードなどD、C級のモンスターが多いが一番恐ろしいのはよく覚えている。

 一番恐ろしいモンスターと言えば——


斧嘴鳥ハルバードですよね?」


 斧嘴鳥ハルバード

 山岳において最も注意すべきモンスター。

 その推奨等級はA級。高山や断崖に棲む、鋼のようなくちばしと翼を持つ大型猛禽である。

 今の僕が決して近づいてはいけない存在だろう。


「正解! 実は斧嘴鳥ハルバードの卵は希少でね、その卵で作ったオムレツはほっぺが落ちそうなくらい美味しいらしいの!」


 へ~。そうなんだ……。


「アイラさん。一応聞くんですが、この巣って……」

「ん? 斧嘴鳥ハルバードの巣だよ」


 何してるんでしょうか、この人は?


「ソウヤくん! 私、ソウヤくんが作ったオムレツが食べたいなぁ?」

「まさか、卵を取る気ですか……?」

「頼れる冒険者さんはここで華麗に取ってくれるな~?」

「いや……斧嘴鳥ハルバードが来たらどうするんですか?」

「えへへ~その時はその時だよ? 」


 アイラがにっこり笑いながら、こちらを見つめる。

 僕は彼女のわがままに弱い。

 この笑顔でする要求に対しては特に。

 

「はい、ソウヤくん。取ってきて!」


 仕方ないので、急いで卵を取りに向かった。

 斧嘴鳥ハルバード自体、全長十メートルは優に超える巨鳥であり、その卵も直径二十センチほどの大きさだった。

 両手で大事に抱えながら、山を下りる。


斧嘴鳥ハルバードってA級ですよね? アイラさんでも倒せますか」

「いやー飛行タイプは苦手なんだよね。魔法使いが一人でも居たらやりやすいけど」


 え、倒せないの?

 それ、見つかったら終わりでは……?


「ん~楽しみ。どんな味がするんだろうね?」


 そんな不安をよそに、アイラさんは卵の味が気になる様子。

 なぜ倒せないのに、そんなのほほんとしているのか……。

 不思議でしょうがない。


「そういえば、斧嘴鳥ハルバードには面白い習性があるの。聞きたい?」

「習性? なんですか」


 何か、ためになることなのだろうか?


「実は、斧嘴鳥ハルバードは自身の卵一つ一つの匂いを覚えていて、絶対に間違えることがないんだって!」

「……はい?」


 数秒、唖然としていたソウヤの顔を見て、アイラはぷっと吹き出した。


「あはは、嘘だよ! びっくりした?」

「ええぇ……?」


 心臓が止まるかと思った。

 酷い冗談だ。


「ただの噂だよ。酒場の人が言ってただけ。確かに良い嗅覚を持っているけど、自分の卵を全部覚えてるわけ——」


 その時、頭上から突風が吹きつけた。

 身体が思わず倒れそうになるほどの強風である。


「……へ??」

「……」


 思わず見上げた先にいたのは、山岳最強のモンスター、斧嘴鳥ハルバードだった。

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