第10話「毒島刑事は解決不能──堂々無能」

 夜の商店街。裏路地に、赤黒い染みがまだ乾かずに残っていた。

 幸い、被害者は軽症。だが包丁を振るった犯人は逃走。近隣はざわついていた。


「……血痕とは、人間の影の延長線だな」

 毒島はチョークで囲われた跡にしゃがみ込み、真顔で呟く。


「いや、ただの血痕です」

 病み上がりだからか、まどかのツッコミも今日はやや力が抜けている。


「刃物の角度……逆光を意識している。つまり犯人は“夜を背負った男”だ」

「そんなジャンルありません」


 課長はため息をついた。事件自体はそこまで難しくない。防犯カメラ映像から、容疑者はほぼ特定されていた。


「よし、現行犯じゃないが逮捕状だ。終わりだ」

 課長の声に、署内の空気は安堵で緩む。


「解決したと思った時こそ、人は何も解決していないものだ ぶすじま印」

──だが、ここからが地獄の幕開けだった。


 * * *


「……待て」

 毒島が机に両手を叩きつけた。

「これで“終わり”とは思えない。俺の記憶がそう告げている……」


 彼の机の上には、過去の“遺物”が次々と広げられていった。


・喫茶どんぐりのポイントカード。


・ラスクの欠片が入った小袋。


・課長のペンの封筒切れ端。


・唐揚げ脂に染まった紙。


・丸い石ころ。


・ナスのシール。


・ご当地せんべい袋。


・そしてインフル診断書。


 机は瞬時に“歴代のゴミ置き場”と化した。


「……これらは偶然ではない。すべてが“ある一点”を指している」


「いや、全部ただのゴミだろ」

「それに課長のペンはまた行方不明ですからね」

「診断書は医者に謝ってください」


 課長・まどか・梶原、総ツッコミ。だが毒島は無視して、ペンを走らせた。


「見ろ! ポイント制度=組織的取り組み、クッキー=感謝の偽装、ペン=剣よりも暴力的象徴、唐揚げ=欲望、石=存在しなかった証拠、ナス=沈黙、せんべい=微糖……そして診断書=幇助者の痛み!」


「総集編やめろ!!」


「つまりこれは……“暴力的な組織犯罪”の影だ」


 毒島の指が、ぐちゃぐちゃに線を引いたホワイトボードを叩いた瞬間、別課の捜査員が駆け込んでくる。


「課長! 逮捕した容疑者の背後に、暴力団のフロント企業が絡んでました! 実行犯も別人物の可能性があります」


 室内が一瞬、凍る。

 毒島だけが胸を張った。


「やはりな。“石”がそう語っていた」

「石は黙ってました!!」


 * * *


 追加捜査の結果、別の共犯者グループが浮かび上がり、本当の首謀者も逮捕された。

 事件は一応の決着を見た。


 課長は机に手をつき、深いため息を漏らした。

(……これがあるからクビにできないんだよな……事件は解決しないけど)


 まどかと梶原は脱力し、椅子にもたれる。

「解決しましたね……」

「ようやく帰れますね……」


 だが、毒島だけは納得しない顔で窓の外を見つめていた。


「……解決しても、解決していない。それが真実だ」


「何を言ってるんですか!」

「もう帰れ!! 誰か毒島に診断つけろ!」


 まどかと課長の絶叫が重なり、署内にこだました。


 * * *


 深夜の署内。新人の梶原が机を片づけていると、資料の間から一枚のメモが落ちた。

 黒インクで描かれた、奇妙な紋章。


「……これ、誰が置いたんだ?」


 答える者はいない。

 蛍光灯が一度だけ瞬き、消える。

 残るのは、毒島の声だけだった。


「解決とは、ゼロに戻ることだ。この世から犯罪が消えることはない。つまり解決ゼロだな……ふふ……」


(第一シーズン・完)

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『解決ゼロ!毒島刑事は今日も堂々無能』 椎茸猫 @Runchan0821

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