第7話「せんべい祭りと微糖の真実」

 朝の商店街は、焼きたてせんべいの香ばしい匂いと、屋台の呼び込み声でにぎわっていた。告知された「ご当地せんべい感謝祭」が、ついに幕を開けたのだ。


「ふむ......これは、資金洗浄の祭りだな」


 人混みを前に腕を組み、やけに真剣な眼差しで呟くのは、もちろん毒島 翼。目の奥には、きな粉や醤油の香りではなく、“黒いカネ”の匂いしか映っていない。


「ただの商店街イベントですよ」


 隣で肩をすくめるのは、相棒の沢村まどか。護衛兼監視役として同行しているが、すでにため息の準備は万全だ。


 毒島は屋台の並びを眺めながら、模擬店のメニュー表に目を細めた。

「見ろ、この『詰め合わせ500円』──小口分散入金の隠語だな」

「そんな隠語あるわけないでしょう」


 さらに商品券の配布コーナーを見つけるやいなや、鼻で笑う。

「暗号化された取引履歴......しかも有効期限付きだ」

「ポイントカードと同じ仕組みです」


 毒島は受け取ったイベントパンフレットを即座に開き、懐からマーカーを取り出すと、地図上に「黒幕」「資金の流れ」などと書き込み始めた。

「......よし、これで資金のルートが見えてきた」

「ただのスタンプラリーのルートですから!」


「そういえば課長が最近、“暴力団フロント企業が経営するカフェ”の話ばかりしていたな......何か匂う」

「せんべい食べながら物騒な話やめてください」


* * *


 毒島の疑惑は留まるところを知らない。各店の売上管理表を覗き込み、「この桁揃い......マネーロンダリングの典型だ」と断言する。スタンプラリーの景品交換所を見れば、「スタンプカードの“2コ1”はペア口座の隠語だ」と頷き、せんべい柄の紙袋を受け取れば、「偽装通貨の運搬袋だな」と目を細めた。


「昭和の陰謀論か令和の経済用語か、どっちかにしてください」

「どっちも正しい可能性があるな」

「ないです!」


 射的を見つければ「武器押収訓練だ!」と真剣に参加し、景品の人形を撃ち落として「証拠品確保!」と胸を張る。

「それ、捜査じゃなくて遊びですから!」


 輪投げでは「証拠物件の押収シミュレーションだ!」と言い張り、景品を山ほど抱えて「事件解決の副産物だな」と満足げ。

「戦利品にしか見えません!」


 ソフトクリームを頬張りながら「情報収集には糖分が不可欠だ」と語り、まどかは「絶対ただの休憩ですよね」と呆れるも、一口食べて少し機嫌が戻る。


* * *


 屋台の喧騒を背に、裏通りへ足を踏み入れる。

 せんべいを焼く音も、呼び込みの声も遠ざかり、ひんやりとした空気と足音だけが残った。


 その時──青年部員らしき男が、売上袋をそっと自分のバッグへ滑り込ませるのが見えた。


 毒島の笑い皺がすっと消え、黒目が鋭く光る。

「......まどか君、現行犯だ。確保するぞ」

「さっきまで輪投げしてた人の顔じゃない......!」


* * *


「これはな、資金の不正流用だ。屋根の修理代を装って──」

「いや、装ってないですから!」


 青年部員はしどろもどろに「少しだけなら...」と白状した。

 封筒はビールケースの陰に隠れる程度の小ささだ。


 まどかは思わず、数年前の実家の雨漏りを思い出す。あの時も修理代を捻出するのは一苦労だった。

 一瞬だけ、胸の奥に“わかる”感覚が落ちる。


「まどか君、俺はこういう時、必ずこう言うんだ」

「何をですか?」

「“おかわりはありますか”」

「聞くな!!」


* * *


 イベントは中断されず、青年は後日全額返金して軽い処分。会場は相変わらず香ばしい音と匂いに包まれていた。


「当たったのに全然気持ちよくないですね...」

「真実は常に微糖だ。意外と体に悪いものさ──このせんべいのようにな」

「甘い言葉で終われないんですか」


 袋の中でせんべいが小さく鳴る音が、余韻とも空腹音ともつかぬ響きを残した。


 ──ふと、毒島が立ち止まる。

「……あ、課長に“暴力団フロントのカフェ”見てこいって言われてたな」

「そっちが本件じゃないですか!?」


 毒島は気まずそうにせんべいを掲げた。

「企業も、せんべいも──表の顔と裏の味があるものだ」

「ポエムで逃げるな!!」


 まどかの足取りは加速し、毒島は追いかける。

 その背中で、せんべい袋がまた“カサッ”と鳴った。

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