異世界修羅道~いろんな女の子が修羅場しちゃってくれるから俺の生活ほんと穏やかじゃないんですけど~
龍威ユウ
第一章:幼馴染 VS 異国の令嬢
第1話:海を越えてきたお客さん
雷志は日課として必ず滝行を朝早くから行う。
天高くよりごうごうと力強く流れる膨大な水量は、大木さえも容赦なく破壊する勢いだ。
そこに人体を晒せばどうなるかは容易に想像がつくだろう。
彼に至っては例外にもれる。
「今日もよくやるわね」
雷志が滝行を終えて陸に上がった時、一人の若い娘がいた。
彼を見やるなり、あどけなさがまだあるものの端正な顔には苦笑いがふっと浮かぶ。
「楓か。滝行をすると余計なことを考えずに済むからな。朝一にやるのが効果的だぞ」
「私ができるわけないじゃない。どうして勧めてくるのよ……」
雷志と楓は幼馴染である。
幼少期の頃からずっと付き合いがあり、現在でもその関係は良好だ。
そしてなにかと世話を焼きたがる楓は、いつも雷志の後をついて回る。
事実、現在進行形で彼に事前に用意していた手ぬぐいを渡していた。
「……いつも言ってるけど、そこまで俺のことを気にかけてくれなくていいんだぞ?」
楓は、見た目だけでなく性格もとてもいい。
腰まで届く色鮮やかな濡羽色の髪がさらりとなびけば、それだけで男の目は自然とそちらに向く。
加えて、誰にも分け隔てなく接するとても心優しい性格だった。
これで惚れないほうが無理というものであり、彼女に猛烈に告白する者は後を絶えない。
「今更すぎるわよ。ライちゃん自分のことに関しては本当に無頓着なんだもん。だから幼馴染の私が面倒を見なくちゃいけないの」
「だから、俺なんかのために貴重な時間を使うなって。お前にはもっと――」
楓にはもっと相応しい男がいる。
そう言葉にしようとした雷志だったが、それは外部からの妨害によって叶わなかった。
楓の人差し指が、雷志の口元にちょんと優しく当たっている。
「ライちゃん、それ以上言うのはめっ、だよ」
「……ッ」
楓の言動は終始穏やかなままである。
にも関わらず、雷志が己が目をぎょっと丸くしたのには相応の理由があった。
彼女の笑顔は太陽のように明るくて大変優しい。この笑みに癒された、とこう口にする者は極めて多い。
笑みが浮かんでいるはずなのに、楓の目は一切笑っていなかった。
氷のように冷たかった。それでいて猛禽類のようにどこか鋭さも帯びている。
「……とりあえず、そろそろ戻ろっか。もうすぐお昼ご飯もあるし、ね」
「あ、あぁ……そう、だな」
楓に気圧されたまま、雷志はそう頷くしかなかった。
彼の村は、人里離れた山奥にあった。
人口はおよそ300人程度で、村としてはなかなかの規模を誇る。
環境に恵まれているためか、ここでできる農作物は等しく味がとてもいい。
実際、どこで聞きつけたか遠方よりわざわざ尋ねてまで買う者も決して少なくはなかった。
雷志が村に戻ると、明るい活気が真っ先に彼を出迎える。
農作業に精を出す若い男衆に、家事をこなしつつも井戸端会議もしっかりこなす女たち。
祭のような賑わいこそ、雷志がいつも目にする日常風景だ。
「おぉ雷志、今日もまた龍王の滝で打たれてきたのかい」
「あの滝に打たれて無傷なのはお前ぐらいなもんだよ……」
「さすがは
「まぁな。それよりも飯だ飯」
「心配しなくても、ちゃんと用意してあるから待ってて」
「ははっ。さすがは楓ちゃん。鬼の女房として相応しい良妻賢母っぷりだねぇ」
「も、もう! からかわないでくださいって!」
村人の揶揄に、楓の頬がたちまち紅潮する。
必死に否定する楓に、雷志は苦笑いを小さく浮かべた。
雷志はあくまでも、彼女との関係は幼馴染としか思っていない。
確かに付き合いは他よりもずっと長く濃厚と、そういっても過言ではない。
とはいえ、付き合いが長いからこそ兄妹のような感覚がどうしても拭えなかった。
おそらくきっと、この関係が変わることはきっとないだろう。雷志はそんなことを、ふと思った。
「まったくもう……。はい、ちゃんと用意してあるから遠慮なく食べてね」
炊きあがったばかりであろう米は、宝石のようにきらきらと輝いていた。
ほかほかと昇る湯気には、ほんのりと甘い香りがついている。
大根の味噌汁に、川魚の焼き物――献立としては至って単純でこそあるが、ご馳走には変わりない。
「いただきます」
雷志は早速口にして、舌鼓を打った。
「うまいな。魚の焼き加減、味噌汁の辛さ、そしてなんといっても米の炊き具合……どれもいい塩梅だ」
「当然じゃない。ライちゃんの好みはちゃんとわかってるんだからね」
胸を張って得意げな顔をする楓。
茶碗に盛られた米をあっという間に掻きこんで、
「おかわり」
と、空になった茶碗を出した。
「はいはい。もう少しゆっくりと食べてよね。そんな食べ方をしてたら喉に詰まっちゃうよ?」
「大丈夫だ。そんなヘマ、誰がするか……うっ!」
「ほら! だから言ってるのに……はいお茶」
「す、すまん……」
二人のやり取りは、それこそ長年寄り添った仲睦まじい夫婦のようだった。
あくまでも関係性はまだ幼馴染のままで、結婚するには至っておらず。
されど周囲の目にはそのように映っていることを、雷志は知る由もない。
「あぁ、うまかった。ご馳走さん」
「はいはい、お粗末様でした――ねぇライちゃん。ちょっといいかな?」
昼食を終えて早々に示した楓の表情に、先程までの明るさはない。
これにはさしもの雷志もはて、と小首をひねる他なかった。
なにか、思い悩んでいるのは顔を見れば一目瞭然である。雷志は静かに口火を切る。
「どうかしたのか?」
「あ、うん。その、じ、実はね――」
「ごめんくださいな。少しお伺いしてもよろしいかしら?」
「……どちら様?」
楓の言葉を遮ったその人物に雷志はいぶかし気な視線を送る。
一人の若々しい娘だった。歳でいえば楓と大差はない。
子供らしさがわずかに残ってこそいるも、その顔立ちは精巧な人形のように端正である。
だが、それよりも雷志を含む村人たちが注目したのは彼女の髪と瞳だった。
さらさらと風によってなびくそれは、例えるならば漆黒の空にてぽっかりと浮いた銀鉤のようだった。
銀色の輝きは氷のようにどこか冷たくもあるのに、とても神々しい。
瞳の奥に宿るぎらぎらとした輝きは虹色という、極めて稀有な色をしている。
明らかに少女は、大和の者ではなかった。
(もしかして異邦人か? それにしてはずいぶんと大和語がうまいな……)
少女の視線はきょろきょろと忙しなく周囲を物色している。
とりあえず、敵というわけではないらしい。それが村人たちの総意だった。
敵意がないのであれば、何故異邦人がわざわざ辺鄙な地にまで足を運んできたのか。
彼らの抱いて当然すぎるこの疑問を投げたのは、一人の老人だった。
背中はすっかりと曲がり、杖がなければ立つことさえもままならない四肢は枯れ枝のようにすらりと細い。
「失礼、異国のお嬢さん。この村にはどういった用件で参られた?」
「あなた様は?」
「ワシはこの村の長をしておる」
今年で齢80を迎えるが、その身より発せられる気は未だ全盛期のままだ。
(ウチの村長、本当に元気だなぁ。実は不死身だったって言われても驚かない自信があるぞ)
雷志はすこぶる本気でそう思った。
「お初お目にかかりますわ、村長さん。わたくしの名前はシャンティナ・モンティーヌ。遥か海の向こうにあるオルトリンデより参りました」
「その、シャンティナ殿が何故このような辺境の地に?」
「はい、かつての約束を果たすために参りました――ライシ・ハナミさんの鞘となるために」
「え? 俺?」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
「いやうるさっ!」
当の本人を差し置いて、幼馴染のほうが悲鳴にも似た叫び声をあげた。
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