第4話 深砂子の説明

 顔の広い人だから、営業関係の仕事されるのならと、顔繋ぎに菅原さんに頼んだ。就活中の学生という触れ込みなら、顔繋ぎの意味も違ってくる。此処はハッキリしておくべきだ。

「それで、お父さんは何て言ってました」

 気さくに明るく何事もなかったかのように話す彼女に釣られて言い及んでいた。 

「その前に良く此処が分かりましたね。大概の人は道が判らないと、来るまでに電話をされるのに」

 白川から鹿ヶ谷に掛けては、名所旧跡の寺院や施設が多くて、最近は外国の観光客で地元の人が市バスに乗れずに困っているそうだ。

 中々本題に入らないのは、天真爛漫な喋り方からして、ひょっとしてお父さんの用事は直ぐに終わるから、待たしておけと頼まれたのかも知れない。

「それで言われたとおり駅前で降りても、そのバス停はみんな満員通過するんですよ。名所旧跡が多ければ観光客はそこそこ乗り降りするでしょう」

「白川から鹿ヶ谷に掛けては、名所旧跡の寺院や施設が多くて、最近は外国の観光客で、あの路線は観光名跡を通るから、京都駅から観光客が一杯で、地元の人が乗れないのよ」

「なんでそんなバスを指定するなんて……」

「春のシーズンが終わって梅雨時は空いてるかしらと思ったけど、矢っ張り混んでたのね。それで歩いてきたのですか?」

「降りるバス停からの道順しか聞いてませんから」

「あら。それでどうされたんです」

 思わず口を押さえて聞く処が、余りにも可愛くてつい頬を緩めてしまった。

「タクシーに乗りました。それがバス停から言われたとおり行けば、車が通れなくなると途中で降ろされました」

「変ねー。離合は難しいけど十分に車は通れるだけの道幅はあるのに」

 彼女は眉を寄せて、ちゃんと話を聞いたのかしら、と疑うような眼差しの中にも見せた茶目っ気に、あの日の誠意を感じてしまった。

「鹿ヶ谷から曲がって三つ目の狭い砂利道を入ると、車一台やっとこさ通れる路なんですよ」

「あれ? あれば路じゃないでしょう」

「でも、三つ目ですよ」

 何だ、そうかと笑われてしまった。

「ご近所では、あの道は道路には入れてないのよ。だってあれは道じゃないでしょう。あの次に舗装された普通の道路があるのに」

「そんなの初めての人は判りませんよ。タクシーだって道だと思って曲がりましたよ」

「でもあなたが始めてね、そんな道をわざわざ疑いもなく指定して入ってしまうなんて」

「運転手は曲がる前にこの道か確認して曲がってもらったんですから」

「あらー、運転手さんもとんだ災難ね。あたしがそそっかしいのか、そのまま聞いて道順通り行くあなたが律義なのか、でもお父さんはそう謂う人柄には好感を持つんよ」

「何でそんな人が、峰山みたいな男を連れているんですか」

「父はあたしと違って、上辺だけで判断しないのよ。会社もそうでしょう。プレハブでも立派な設備を持っているところもあるでしょう。だからあなたもお眼鏡に適ったのかもしれないわね」

 何だそれは、褒められてるのか貶されているのか、六割方後者だろう。

「それでお父さんの見た目と同じで、説明会場だけでは中々就活が決められないんですよ」

「あら、大きく出たのね。そこも父が目に掛けるところですよ。それで、ご希望はあるんですか」

 錦部幸次郎は不在というのは嘘で、どっかにモニターカメラでも仕掛けて、それで此の人を通じて間接的に面談でもされてる雰囲気だ。

「もちろん、だから苦労しているのに」

「でも内はどんな仕事なのかご存じですか?」

「菅原さんの仕事を見ていると、結構良さそうなので、その紹介ならと思って、あの会場で誘われた」

「単純な動機ね、内の仕事は峰山のような仕事なのよ」

「あの人、何してるんですか」

「菅原さんと似たようなものだけど、扱うものが少し違うの。それをこれからあたしの話を聞いて決めて欲しいの」

 エッ! お父さんから任されたのか。とすればどんな会社なんだ。 

「菅原さんも長いこと内の仕事でお世話になってましてね」

 何の事かと思いきや、話が飛んでいる。老人じゃあるまいし。年頃の女性がもう忘れたわけではあるまい。それでもここから昨日の件に続くのかと黙って聞くことにした。

「先ほど紅茶を出してくれたのは、長年あたしの子供頃から使えている家政婦なの。お手伝いさんって言ったほうが馴染める人なの」

 姉が二人居て、上の姉は五年前に嫁いで、下の姉も去年嫁いで。下の姉の旦那さんの友人が昨日会った峰山だ。まだ独身で、あたしを狙ってる。錦部家の財産をもくろんでると言うが父は否定する。あたしは最近薄々勘づいた。今のところ根拠がない。いずれ暴いてやると意気込んでいた。

「それで昨日はつれなくしてたんですか」

 峰山は次女の花婿を見付けてくれた人だ。次女はどうもおっとりして、目立たん顔で、その上に気の利かんたちで、癇癪持ちとくれば、誰も相手にしないと父も相当気にしていた。そこへ次女の花婿に気にいった、気さくな相手を紹介したのが峰山で、父は彼には感謝している。

「それで父は気に入って、引き抜いた相手でもあるのよ」

「でもスーツを軽蔑されて、嫌な感じでしたよ」

「でもね、そんな温情のある人には父も野心はないと決めてかかってるのよ。あの人が近付いたのはあたしに気があるからよ」

 父に言われてあたしが懇意にすると段々、峰山の本性が見え隠れしだした。何処までが本気なのか、あなたの仕事はその一点に尽きるとまで言われてしまった。

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