第15話 街の中央区
マーガレットとアルテナは、それからも一通り内部を捜索した上で教会を後にした。
「結局、他にめぼしいものは見つからなかったね」
「ええ、この地図が役に立ってくれれば良いのだけど」
アルテナは真剣な顔で地図に描かれた時計塔を睨みつけている。彼女に代わってマーガレットが通りの左右に目を配り、サーヴス達の姿があるかどうか確認した。
「目に見える範囲では誰も居ないみたい。行くなら今のうちだよ」
「そうね。さすがに短時間で何度も戦闘を強いられるのは厳しいし、あの牧師目当てで他のサーヴスどもが寄り付いて来る前に此処を去るのが賢明ね」
アルテナは念の為にと、マーガレットが見渡した左右の通路をもう一度自分で確認する。それからマーガレットを手招きし、自分が先立って通りを歩き始めた。
「ねえアルテナ、先輩さんと合流するって言ってたけど当てはあるの?」
「ひとまずさっきの隠れ家に戻るわ。もしかしたら先輩が帰ってきているかもしれない」
やっぱりそれか、とマーガレットは少しげんなりした。付き従う身であまり文句を言いたくはないが、それでも呆れのあまり内心の疑問が口をつく。
「もっとちゃんとした計画は無いの? 例えば何時まで街を調べて、何時に何処の隠れ家に集合する……とか」
「あなた、いくらなんでもわたしをバカにしすぎじゃない?」
ムッとした顔のアルテナが、振り返ってマーガレットを睨みつける。
「そりゃ当初はきちんとお互いの合流地点と活動時間を明確に決めていたわよ。でもこの街で過ごすうちに、その通りにするのは難しいと判断したの。周りが敵だらけな以上、臨機応変に徹するより他にないのよ」
確かに、理性を失ったサーヴスだらけのこの街で思うように動くのは難しいだろう。いくつかの拠点を確保したというだけでも、十二分に凄い成果かも知れない。ましてや単独でとなれば、各々のスタンドプレイに託すしか方法はないということはマーガレットにも理解できる。
……そもそもたった二人だけでこんなところに潜入するなよ、と思わなくもないが。
「もし先輩が居なかったら?」
「しばらく待ってみる。それでも帰ってこなかったら他の隠れ家に移動する。まあ先輩の腕前なら万が一ということもないと思うけど、それでも状況次第ではどうなるか分からないからね」
「移動するのは良いけど、その前に隠れ家にメモくらいは残しておきましょうよ」
「だからわたしをバカにするのは止めてってば! それくらい、ちゃんと考えてるに決まってるでしょう!?」
「ほんとかな~? さっきもそうだったけど、アルテナって結構直情径行なところがあると思うし」
「なっ……!?」
アルテナの顔がみるみる赤く染まっていく。羞恥と怒りがないまぜになった彼女の顔を見て、マーガレットは逆に安心感を覚えた。
こうして、年相応の表情をしてくれるとやはり同い年の少女なのだと実感する。
「た、確かにさっきは頭に血が上って牧師へのトドメを急ごうとしちゃったけど! あれはたまたまよ! 普段はもっとちゃんと自分をコントロールできてるんだから!」
「分かった分かった、そういうことにしておいてあげる」
顔を赤くしたまま必死に取り繕うアルテナが可愛くて、マーガレットの心にむくむくと悪戯心が湧き上がる。軽い揶揄を含んだ笑みを見たアルテナが、更にヒートアップして猛抗議する。
「何よその顔は! まったく信じてないわね!? ほんとにいつもはもっと冷静なんだから!」
「その割には今とってもカッカしているようだけど?」
「マーガレットが煽るせいでしょ!」
赤黒い空に浮かぶ影の路地を、二人の少女が戯れながら駆け回る。逃げるマーガレットを追うアルテナは、あらゆる仮面を取っ払った彼女本来の姿だと思えた。
それが嬉しくて、マーガレットはついつい状況も忘れてしばらく追いかけっこに興じていた。
「もういいわ! こんなことしている場合じゃないでしょう!」
やがて我に返ったアルテナの一声で余興は打ち切られる。彼女は気分を改めるように大きく息を吐きだすと、
「さっさと行くわよ。遅れたら置いていくからね!」
先程の余韻を振り払うように早々と歩き出した。
「ああ待って! 言い過ぎたのは謝るから!」
マーガレットは慌ててその後に続くものの、言葉とは裏腹に口元は緩んだままだった。
◆◆◆
「やっぱり、まだ帰ってきていない……か」
相変わらずもぬけの殻だった隠れ家に入ると、アルテナは「あ~!」と疲れを隠そうともしない声を出しながらどすんとスツールに腰を下ろした。
マーガレットはそんなアルテナを尻目に、今一度じっくりと隠れ家の中を見渡してみる。
相変わらず殺風景な部屋だが、それでも奥に寄せられている大きな棚と机には自然と目を引かれる。
「そこの棚に入ってるのって、もしかして服?」
「ん~? ええそうよ。戦闘用に調整している軽装で、いざって時にすぐ着替えられるようにしてあるわ」
自分のスカートの裾を気怠そうにつまみ上げながら、アルテナが簡潔に説明する。さっき思い切り二人で騒いだせいか、彼女は段々だらしなさを隠さなくなってきた。
「でもあんな風に畳んで棚に放り込まなくても……。クローゼットとか用意できなかったの?」
「此処に持ってくるのが面倒でね。まあ別に吊り下げなくても機能が損なわれることもないし、着られれば問題ないわ」
やっぱり大雑把じゃないか、という言葉をマーガレットは呑み込んだ。
棚から机へ視線を移動させる。机の上には缶がひとつ置かれてあり、その中に幾本かの工具がまとめられている。アルテナはさっきこれを使って大鎌のメンテナンスを行っていた。
その後ろには資料を貼り付けるためのボードが立てかけられているが、今は全部片付けられていて空白のよう……
「あれ? アルテナ、そこのボードに貼ってある紙って、さっきは無かったよね?」
アルテナがボードを見て、目を丸くする。
「ほんとだ! 先輩、一度此処に帰ってきてたんだ!」
はしゃいだ声でアルテナは机に駆け寄り、ボードから紙を引っ剥がす。さっきまでの疲れた様子はどこへやら、だ。
「……。どうやら先輩、リヴァーデンの中央区を目指しているみたい」
「中央区? それはどこ?」
「この隠れ家とは逆方向ね。さっきあのバイオリン職人の家で見た、サーヴス共の溢れるメインストリートをずっと奥に行ったところにある区画よ」
「うわ……」
マーガレットは思わず顔をしかめた。先輩とやらは、そんな危険な場所へわざわざひとりで出向いたのか。
「その中央区には何があるの?」
「詳しいことはまだ分かっていないわ。マーガレットも見たように、あそこに行くには大量のサーヴス共を掻い潜る必要があるからね。さすがにあれだけの数だと、ロザリオの力をもってしても全員から気付かれずに行けるか確証がないわ」
アルテナが、ロザリオに掛けられたサファイアのチェーンを握りしめる。彼女の握力に応えるように、小さな蒼い宝石群がきらりと光ったような気がした。
「まさか先輩さんは、そんな危険な場所をこれからひとりで調べようと?」
「しているみたいね。走り書きで、中央区に何か手がかりが見つかりそうだってあるけど、どうしてそう思ったのかまでは書いてないわ」
マーガレットは、アルテナから紙のメモを受け取って読んでみた。……アルテナの言ったこと以上の情報は読み取れない。
「追いかける」
「言うと思ったわ」
尻を叩いてホコリを払うアルテナを、マーガレットはため息と共に見つめた。
「先輩が何を掴んだにせよ、危険な場所に向かうなら早く合流しないといけないわ。彼の背中を守れるのは、わたしだけだもの」
「じゃあ、私も行く」
アルテナが、嫌そうな顔でマーガレットを見た。
「また付いてくるの?」
「うん。だってアルテナ、見ていて危なっかしいし。行き当たりばったりに身を任せすぎて、途中で斃れられたら私もおしまいよ。だから私が、貴女を監視する」
「戦えないくせに、大口を叩くわね」
「戦えるくせに、考えなしな人よりマシだと思うけど」
「言うじゃない」
アルテナは、不敵に口角を上げてマーガレットを見据えた。
「こっちも言っておくけど、指示に従わない民間人は守りきれないわ」
「承知の上よ。此処で、帰って来られるかも分からない貴女達をただ待っているよりマシだから」
マーガレットは覚悟を目に溜めてアルテナを見返した。お互いの真っ直ぐな視線が正面からぶつかり合う。
やがて、アルテナはふっと力を抜いて白い歯を見せた。
「良いわ。ちゃんと分かっているなら、付いてきなさい」
「……ありがとう」
マーガレットもまた、僅かに破顔してみせた。
恐怖が無くなったわけではない。それでも、アルテナと一緒ならどんな危険が襲ってきても大丈夫だ。
マーガレットは、そう確信していた。
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