あなたが見るなら、それが私。

ミアがミコトのスケッチブックを見つけた夜から、ふたりの関係は少しだけ、確かに変わった。

ミコトは絵を描くたび、ミアの表情をじっと見つめるようになった。

まるで今度は、彼女の「本当の姿」を見逃さないように。

けれど──それは同時に、ミアを壊す手を、ゆっくりと滑らせるような視線だった。


「あなたが見てる私が、私なんだよ」

ミアは何度もそう呟いた。

まるで呪文のように。

それが真実であり、救いであり、そして檻だった。



ある夜、ミアがぽつりと言った。


「わたし、もう……自分で立てない気がするの。もしあなたがいなくなったら、私、自分がどういう形だったのかも忘れちゃうわ」

ミコトは少しだけ目を伏せて、そして静かに微笑んだ。


「いいじゃない。忘れても。私が全部、描いてあげる。あなたの輪郭も、目の奥の感情も、肌の色も。あなたはもう、私の作品なんだから」

その言葉にミアは、小さく頷いた。

頷きながら、なぜか涙が一筋、頬を滑り落ちていた。


愛されているはずだった。

だがそれは、手を繋ぐたびに鎖になるような、

甘く、重く、冷たい愛だった。



ミアがミコトの部屋に住むようになったのは、そこから間もなくだった。

昼も夜も関係ない。

彼女はいつもカーテンを閉めた部屋で、ミコトの絵のモデルになった。

何も考えずに座っているだけでよかった。

体がだんだん軽くなり、感情も薄れていく。

それが「楽」だと思った。

そのうち、鏡のない部屋に、壁一面の「ミアの絵」が貼られていった。

怒った顔、泣いた顔、眠っている顔、笑っていない顔。

それだけが彼女の「存在証明」になっていった。


「ねえ、ミコト、この中で、どれがいちばん”わたし”っぽい?」

ミコトは少し考えて、微笑んだ。


「どれでもない。本当のあなたは、わたしの目の中にしかいないから」

ミアはそれを聞いて、また、涙が止まらなくなった。

自分がいない。

でも、ミコトの中にはいる。

それだけで、生きていられる気がした。

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