第40話 汗臭いよッ!凄すぎるよ、辰馬君♪
海岸からジムまでは然程遠くなく、車で十分程度であり渋滞もないため直ぐに付いた。その間、後部座席で美玖と辰馬は二人で座ったがお互い会話は無かった。
それでも行きの時よりも二人の距離は近く、何度か美玖が辰馬の右手の上に手を添えたりしていた。そんな初々しい仕草が妙に男心を刺激してくるが、辰馬は奥歯を噛みしめながら我慢する十分間であった。
「では、また明日学校で会いましょう」
「あぁ、分かった」
美玖は車の後部座席のドアを開き顔を見せながら辰馬へと別れの挨拶をする。そしてマネージャーがチラリと睨んでから車を発進させる。去り際の美玖の表情は、これから先が楽しみであるかのように口元が半月状の笑みを浮かべていた。ドラマでも見せない美玖の表情に恐怖心を感じながらも、ジムへと向かった。
「ハァ、前途多難だ。さてと、ジムで一汗流すとしますか」
****
――ギシッギシ
トレーナーである河野と辰馬の地獄のマンツーマン指導が開始してから早一時間経過した。それでも辰馬の勢いは劣ることなく鎖がギシギシと軋み、サンドバッグがまるで風船のように揺れまくっている。打撃が機械的なリズムで正確に同じ場所へと打たれていた。
「ふむ、どうしたのかね?いつもより飛ばしているようだが?」
「……別に何でもないですよ」
「そうかね?まぁ言いたくないのなら言わなくてもいい。東日本新人王トーナメントの準決勝がそろそろだが調子は……すまない聞くまでもないな」
「いつも通りやるだけですよ」
「そうだな。この程度、君には通過点に過ぎなかったな。さぁ休憩は終わりだ」
(え?これって休憩のつもりだったのか?)
いきなり話掛けてきた河野に返答していただけなのに、休憩がもう終わりだと告げられて怪訝な表情を辰馬は浮かべる。それを気にした素振りを見せず、河野は練習を再開させる。
「さぁミット打ちを始めようか」
「……了解です」
河野と辰馬はリングに上がりミット打ちを始める。これは河野が構えたミットへ辰馬が拳を振るう。これは、リズムとスピード、的確なヒットポイントにパンチを当てる技術が必要だ。そして辰馬がパンチを当てる度に心地いい打撃音がジムの壁に響き渡る。
(こういう基礎練習が大事なんだよな……。本当はスパーリングでスカッとしたい気分になるけど我慢我慢)
辰馬とスパーリングをしたい人物は、このジムにはいない。なぜなら、辰馬とのスパーリングは気絶覚悟でリングに上がらなければならないからだ。
(アンディーがいれば、気分よく帰れるんだが……。そういえば大会近いんだったか……ならダメかぁ……)
考え事をしながらも辰馬の体は正確に河野のミットをクリティカルに打撃する。一年以上一緒に練習しているから完全に体に動きが染みついていた。それでも先日よりも劇的に練習メニューがハードになっているため、疲労は倍以上であるのだが。
辰馬は一人でニヤリと笑いながら体に蓄積される疲労を感じとっていた。この調子ならば家に帰るまでには疲労で何もしたくないと思えるほどに疲れるはずだと。練習に向ける動機としては最低の部類かもしれないが辰馬にとっては本気だった。
(朝の茜さん……凄く可愛かった。それに手を出さないと言いながら、家に帰っても襲ったらカッコつかないしな)
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