らぶらぶスイッチ ー名物喰っちゃ寝せい活ー
五平
第1話:ぐつぐつ、ふーふー、どきどき
宿屋「ほのぼの湯」の食堂は、
ご当地名物「しめり茸のソテー」から
立ち上る湯気と、独特の土の香りで
満たされていた。今は昼時。
カイは目の前のソテーに箸を伸ばす。
一口食べるが、そのとろりとした食感と
風味に、思わず顔をしかめた。
「うーん、やっぱこの茸の
独特の風味は慣れないな」
カイはそう呟き、少し残してしまう。
隣に座る聖女セイラが、
ぷくっと頬を膨らませた。
「しゅじんさま、残しちゃダメですぅ〜♡」
拗ねたように見上げるが、
カイはそれに気づかない。
向かいで新聞を読んでいた賢者クオンが、
眼鏡をくいと上げ、湿気でベタつく
前髪を鬱陶しそうに払った。
「ったく、この湿気どうにかせんとあかんわ。
畳がベタついて落ち着けへん!」
いつもの関西弁に、どこか焦りの色が滲む。
食後、満腹感に包まれたカイは、
部屋に戻るとそのまま布団にダイブした。
ふかふかの布団にくるまり、
幸せそうに寝返りを打つ。
その時、ごろんと体が動いた拍子に、
枕元に置いていたソテーの残った皿に
足が「スッ」と触れた。
皿は傾き、残っていたソテーが「とろり」と
畳の隙間に滑り落ちていく。
しめり茸の成分が畳に染み込み、
一時的にさらにベタつきが悪化した。
夕食後のこと。
宿の食堂で、カイはご当地名物の
「しめり茸」を使った別の料理に
舌鼓を打っていた。
先ほど残したソテーとは違い、
こちらは美味しかったようだ。
「うん、美味しいは美味しいんだけど、
ちょっと味が独特かな?」
カイはそう言いながらも、皿を空にした。
セイラがカイに満面の笑みを向ける。
「セイラはしゅじんさまが作ったものなら
なんでも美味しいですぅ〜♡」
クオンはため息をついた。
「あーあ、勿体ないなぁ。
こんなにええしめり茸なのに」
食欲が満たされ、心地よい満腹感に包まれたカイは、
そのまま部屋に戻り、ごろりと横になった。
セイラがカイの隣にぴったりと寄り添い、
甘えた声で誘う。
「しゅじんさまのおなか、ぽかぽかですぅ〜♡
セイラも、しゅじんさまと一緒に
ゴロゴロしたいですぅ〜♡」
その甘えた声に、カイは思わず苦笑した。
セイラはそのまま、カイの腕を枕代わりに
膝枕をしてくれる。
セイラの髪からシャンプーの
「甘く優しい香り」が「フワリ」と漂い、
カイは思わず目を閉じた。
部屋には、満腹感と、どこか気だるい
空気が漂う。沈黙が落ちた。
やがて、カイはそっと右手を伸ばした。
隣に座るセイラの柔らかな髪に触れる。
指先が毛先を「フワリ」と撫でると、
セイラは気持ちよさそうに身を預けてきた。
カイの指が、そのままセイラの頬を
「そっ」と包み込む。
暖かく、柔らかな肌の感触に、
カイの心臓が「トクン」と微かに高鳴る。
セイラは甘く蕩けるような瞳で、カイを見上げた。
「しゅじんさま……」
その声は、どこか誘うような響きを含んでいる。
クオンは、それに気づいたのか、
飲んでいた茶を「ゴホッ」と噎せた。
カイは、セイラの視線を受け止め、
その唇が、ゆっくりと近づいていく。
部屋の空気が、一瞬にして甘く、重くなる。
しかし、その寸前で、
クオンがバサッと新聞を広げた。
「ちょ、あんたらいちゃいちゃしとる場合か!?」
顔を真っ赤にしてツッコミを入れるクオン。
しかし、その声はどこか裏返り、
セイラの腕を掴もうとして、
なぜかカイの腕に「ツン」と指先が触れる。
その途端、クオンの体にも「ゾクリ」と電流が走り、
思わずカイの肩に「グイッ」と顔を寄せてしまう。
カイは、ハッと我に返り、
セイラも、可愛らしく顔を赤らめた。
夜。
湯上がりの身体で、カイはふかふかの布団にくるまる。
聖女セイラは、そんなカイの隣に「するり」と滑り込んだ。
湯気を含んだセイラの肌は、カイの腕に触れると「ひんやり」として、
しかしすぐに体温で「じんわり」と温かくなった。
「しゅじんさま、隣、いいですぅ〜?♡」
上目遣いでカイの腕に絡みつく。
その瞳は、暗闇の中でも煌めく星のようだ。
クオンも不満げにしながらも、
部屋の隅で自分の布団を敷き始める。
「あーもう!……このままやと寝不足になるわ。
ウチはもう寝るからな。
アンタらの騒ぎで寝不足なん勘弁してな」
そう言って、クオンは自分の布団に滑り込む。
しかし、そのまま寝付く様子はない。
セイラは甘い声でカイを誘う。
「しゅじんさま、そろそろ……ねよか?♡」
カイは両脇に挟まれ、一瞬身動きが取れなくなる。
「え? え、もう寝るの?
ていうか、オレの布団狭……あ、ちょっと!?」
困惑するカイをよそに、部屋は静まり返る。
セイラはカイの腕に頬をうずめ、
クオンもカイの足元に体を押し付け、
三人はそれぞれ横になった。
カイはため息をつきつつも、二人の温もりに包まれて、
いつの間にか深い眠りに落ちていった。
誰の口からも、寝息は聞こえない。
翌朝。
カイ、セイラ、クオンが部屋を出て、
宿の帳場へと向かう。
廊下に出ると、宿の主人がにこやかに話しかけてきた。
「今朝の部屋は、一段と清々しい空気でございますな……
昨晩はおたのしみでしたねぇ……」
宿の主人の言葉に、カイは慌てて否定しようと口を開く。
「い、いや、その、別に何も…」
だが、その言葉を遮るように、
セイラが顔を真っ赤にして口元を抑え、
クオンは思わず目を見開いた。
セイラは、カイの腕にしがみつくようにして、甘い声で言った。
「しゅじんさま、寝言で“もう無理ぃ”って言ってたですぅ〜♡
セイラも、しゅじんさまの寝言、もっと聞きたいですぅ♡」
クオンは、焦ったようにカイを指差しながら、早口でまくし立てた。
「ちゃうわ、寝てただけやんか!……
いや、ほんまに何もしてへんからな!?
(…口ではそう言ったけど、畳が乾いとるの、なんでやろ…)」
カイは、そんな二人の言葉に、
ほんのり顔を赤らめ、
恥ずかしそうにそそくさと宿を出て行った。
次回予告:
計画は順調。世界の歪みは着実に進行している。
あの男の奇妙な行動も、些細な誤差に過ぎない。
次話 第2話 おなかもこころもいっぱい♡
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます