第6話 古の誓いと、旅路

アークは遺跡を後にし、西へと旅を続けていた。

右腕に宿った「導き手」の力は、彼の五感を

研ぎ澄まし、周囲の気配をより鮮明に

感じさせていた。風の匂い、土の感触、

遠くの森から響く獣の声、そして微かに漂う

魔物の気配。全てが以前よりはっきりと、

意味を持って感じられる。手にした金属片も、

時折、微かな振動を伝え、彼をある方向へと

導いているかのようだった。

数日間の旅路は、アークにとって初めて体験する

厳しさの連続だった。野宿で身を休め、

簡素な食事を摂る。夜は漆黒の闇に包まれ、

遠吠えや不気味な物音に幾度となく目を覚ました。しかし、エールシュタットを救うという固い決意と、まだ見ぬ仲間との出会いへの期待が、

彼の心を支えていた。


魔物の影と試される力


ある日、アークは小さな丘を越えようとしていた。その時、草むらからガサガサと大きな物音が響き、不気味な気配が彼を包み込む。警戒しながら目を

凝らすと、現れたのは三匹のゴブリンだった。

手には粗末な棍棒を持ち、ギョロリとした

目でアークを睨みつけている。


「うわっ!」


アークは思わず後ずさりした。エールシュタット

での魔物との遭遇は街の中だったため、こうして単独で複数の魔物と対峙するのは初めてだ。逃げるべきか、戦うべきか、アークの頭は真っ白になった。

ゴブリンたちは甲高い奇声を発しながら、一斉にアークめがけて飛びかかってきた。アークは咄嗟に持っていた木の枝を構えるが、こんなもので魔物を防ぎきれるはずがない。棍棒が振り下ろされるその瞬間、アークの脳裏に、街が襲われた夜の無力感がよぎった。


「ちくしょうっ!」

その時、アークの身体から微かな光が溢れ出した。遺跡で得た「導き手」の力が、彼の危機に反応したのだ。ゴブリンが怯んだ一瞬の隙をつき、アークは身体をひねって棍棒をかわした。そして、無我夢中でゴブリンの一体に体当たりした。予想外の反撃に、ゴブリンはバランスを崩してゴロゴロと転がっていく。

しかし、残りの二匹が再び襲いかかってきた。アークは必死に身をかわすが、防戦一方だ。その時、彼の脳裏に、エルトンがくれた「導きの石」から

感じた、あの温かい光が蘇った。

(力を…力を信じるんや!)

アークは右腕に意識を集中した。すると、彼の右腕から放たれる微かな光が、ゴブリンたちの動きを鈍らせる。その隙を突き、アークは転がったゴブリンの棍棒を拾い上げた。不慣れな手つきながらも、渾身の力で振り回す。


「うおおおっ!」


棍棒がゴブリンの一体に命中し、甲高い悲鳴と共に魔物はよろめいた。残りの一体も怯んだ隙に、

アークは一目散に駆け出した。彼に残された選

択肢は、逃げることだった。全速力で森を

駆け抜け、振り返ると、ゴブリンたちは

諦めたのか、追ってきてはいなかった。

アークは大きく息をつき、その場にへたり込んだ。身体は震え、心臓がバクバクと音を立てている。

しかし、その震えは恐怖だけではなかった。

魔物と対峙し、自分の力で生き延びたことへの、

わずかな達成感と、確かな成長を感じていた。


「これが…導き手の力…か。」


彼は右腕をじっと見つめた。目に見える変

化はない。だが、間違いなく彼の危機を救った。

この力は、戦うためだけの力ではない。

危険を察知し、困難を乗り越えるための「導き」

の力なのだ。


新たな出会いと情報

さらに数日後、アークは小さな集落へとたどり

着いた。質素ながらも、旅人が休息を取るための宿屋や店が並ぶ、ごく普通の場所だ。アークは疲れた身体を引きずり、宿屋の扉を開けた。

宿屋の中は、他の旅人や商人たちで賑わっていた。酒の匂いと、方言交じりの話し声がアークの五感を刺激する。故郷のエールシュタットとは異なる、温かい人々の活気がそこにはあった。


「兄ちゃん、どこから来たんや?ずいぶん疲れてるみたいやけど、大丈夫か?」


宿屋の女将が、心配そうに声をかけてきた。その言葉は、アークの故郷とは少し異なる、しかし温かい響きを持つ方言だった。

アークは水を飲み干し、少し落ち着いて女将に答えた。

「エールシュタットから来ました。ちょっと、旅に出とるんですわ。」


「へぇ、エールシュタットからか!そら遠いとこから来たもんやな。ここらはたいしたもんはあらへんけど、飯はうまいし、ええ湯もあるで。ゆっくり休んでいきや。」


女将の言葉に、アークの張り詰めていた心が少しだけ和らいだ。都会のエールシュタットとは違う、人々の素朴な温かさがそこにはあった。

食事を終え、温かいベッドで休むと、アークの身体の疲れは随分と取れた。翌朝、宿屋を出る前、女将がアークに声をかけた。


「兄ちゃん、どっちの方角へ行くか決めたんか?」

アークは正直に答えた。


「いや、まだはっきりとは。ただ、俺にできることを探して、旅を続けようと。」

女将はにこやかに頷いた。

「そしたら、西に行ってみるんもええかもしれんなぁ。西の方には、古〜い誓いの地があるって話や。なんや、剣を極めた者が住んでるっちゅう噂もあるで。あんたみたいに、何かを探してる人には、ええ場所かもしれへん。」


「剣を極めた者…。」


アークは女将の言葉に興味を引かれた。彼の胸元に吸い込まれた金属片が、微かに温かくなったような気がした。それが気のせいか、本当に導かれているのかは分からないが、少なくとも一つの方向を示してくれた。


「ほな、西へ行ってみるわ。おおきに、女将さん。」


アークは感謝を伝え、再び旅路についた。この集落の人々の温かさに触れ、彼の心は少しだけ前向きになっていた。まだ一人旅は続くが、自分の中に

秘められた力が何なのか、そして仲間との出会いが

どこで待っているのか。

広がる西の空の下、アークは新たな期待を胸に、

一歩一歩、確かな足取りで進んでいく。彼の

「導き手」としての旅は、今、新たな局面を迎える。そして、彼が知る由もないところで、闇の力が、その小さな希望を摘み取ろうと

動き始めていた……。


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